日々の音色とことば:

移転しました。新URLはhttp://shiba710.hateblo.jp/です。ここは更新されませんがアーカイブを置いておきます
kokuchi.jpg

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移転しました。

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ブログ、移転しました。

fc2で7年くらい更新してきて、それなりに愛着もあったんですが、心機一転、場所を移そうと思います。
移転先は、独自ドメインをとることも含めていろいろ考えたんですが、はてなブログにしました。
以下がURLです。

http://shiba710.hateblo.jp/


ここはもう更新されませんが、しばらくは消さずにアーカイブを置いておきます。
noteもやってます。

https://note.mu/shiba710


というわけで、今後ともよろしくお願いします。

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ポップソングが「閉塞感」ではなく「楽しさ」を共有する時代へ

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20140647b.jpg


■「今はそれほど悪くない時代みたいだし」



久々にブログ更新します。今日の話は、ここ1〜2年になって、J-POPから読み取れる“時代の空気”のようなものが変わってきたんじゃないか?という話。これはもう肌感覚の話なのでもちろん違和感ある人はいると思うんだけど、一言でいうならば、ポップソングが「閉塞感」を共有していた時代が、いつのまにか終わっていたんじゃないか?ということについて。

「不安」から「楽しさ」へ。
「苦悩」から「ハッピー」へ。

そういうマインドの転換が、2013年から2014年にかけて、起きつつあるんじゃないか、という話です。

明確な兆候は、これ。チームしゃちほこの「いいくらし」



曲調がもろにアシッドハウスだったり、大サビでTRFの「EZ DO DANCE」をぶっこんできたり、かなり語りどころの沢山ある曲。その元ネタについてはnoteのほうにも書きました。

チームしゃちほこ「いいくらし」/「いい」はエクスタシーの「E」|柴 那典|note
https://note.mu/shiba710/n/ne9b2b8e293bc

そのへんはおいといて、象徴的だと思ったのが、歌詞。

それほど悪くない 時代みたいだし
今はそこそこ あとは伸びしろ
夢も希望も自分次第



「今はそれほど悪くない時代」。こういう言葉がアイドルの歌うポップソングに出てくるの、ほんの3〜4年前にはあんまりなかったと思う。

もう一つ象徴的なのが、この曲ですね。ファレル・ウィリアムス「ハッピー」。この曲のチアフルなムード、周りを引き込むような力は、ちゃんと日本でも共感と共振を生み出した。「楽しさ」が感染した。原宿でも、福島でも。





ダイノジの大谷ノブ彦さんとも、この曲について語ってます。
いつでも14歳にしてくれるナンバーは?[2014 SPRING #1]|心のベストテン|大谷ノブ彦/柴那典|cakes(ケイクス)
https://cakes.mu/posts/5767


そこでも語ったけれど、たぶん、このムードに直接的につながる曲は、やっぱり、2013年を代表する曲の一つになったAKB48「恋するフォーチュンクッキー」だと思うのだ。

(いろんなバージョンがあるけど、メンバーとAKBスタッフのバージョンを除くとこの「サマンサタバサグループSTAFF VER」が一番再生回数多いのね)

つい先日に発表された「2014年上半期カラオケランキング」でも、この曲が1位でした。

2014年JOYSOUND上半期ランキング|JOYSOUND.com
http://joysound.com/ex/st/special/feature/ranking2014/

この曲の歌詞は、こう。

恋するフォーチュンクッキー!
未来はそんな悪くないよ
Hey! Hey! Hey!
ツキを呼ぶには笑顔を見せること

明日は明日の風が吹くと思う



「未来はそんな悪くないよ」「明日は明日の風が吹く」。2013年の後半からは、こういう歌詞の曲を日本中で歌ったり踊ったりしていたわけで、こうして見ていくと、去年あたりから「楽しさ」がJ-POPのマインドの中央値にセットされたことがわかる。

■アイドルソングと景気動向



こうして書くと、「楽しいのがポップなのは当たり前じゃん」とか言う人が出てくると思うので、比較対象を。同じくAKB48の「Beginner」。これが震災前、2010年10月にリリースされた曲。



歌詞はこう。

風はいつも通り過ぎて 後に何も残さないよ

チャレンジは馬鹿げたこと
リスク回避するように 愚かな計算して何を守るの?

僕らは生きているか?
明日も生きていたいか?



そして2009年10月にリリースされた「River」。



いつだって夢は遠くに見える
届かないくらい距離感じる

君の心にも川が流れる
つらい試練の川だ


秋元康という人は、時代の空気を読むことにかけては天才的な才能を持った作詞家だと思ってます。そういう彼が「風」という言葉を通して描くものが、「Beginner」と「恋チュン」では、まったく真逆のものになっている。

2010年のあたりは、「先行き不透明な社会」をベースに、そこでの不安や、サヴァイヴしていこうという意気込みや頑張りのようなものが、ポップソングを通して共有されるような時代だった。それが「Beginner」の「風」という言葉に表れている。でも「恋チュン」の「明日は明日の風が吹く」は、もっと楽天的だ。

閉塞感から楽しさへ。不安から楽観へ。そういう風に、市井の人たちが共感を集める回路が変わったんじゃないかと思う。

僕が思うに、ターニングポイントは、2012年の12月。簡単に言ってしまえば、「景気がよくなった」ことが、その理由だと思う。アベノミクスとかいろんなことが言われているけれど、端的にいえば、20年続いてきたデフレが解消された。そのことが、ポップソングのあり方にも大きな影響を与えている、という見立てです。

このへんのことは僕は専門家ではないのですが、経済評論家の田中秀臣さんがよく語っていることですね。

景気と女性アイドル、浮き沈みに意外な法則 :マネーHOTトピックス:マネー :日本経済新聞
http://s.nikkei.com/1gWQA0t


(※追記。こういう指摘がありました。)


確かに! 「でんでんぱっしょん」はでんぱ組.incにおいて「閉塞→楽しさ」への転換のキーになる曲な気がします。



これがリリースされたのが2013年5月。ちょうどその頃、プロデューサーのもふくちゃんと「景気が変わるとアイドルのあり方も変わる」という話をした覚えがあります。


■ポップソングの役割



アイドルの話にばっかりなっちゃったけど、そういえば、ミュージシャンとのインタビューの場でも僕は最近そんな話ばっかりしてる気がする。たとえば、こないだのBase Ball Bearのインタビュー。

Base Ball Bear |「僕は真ん中でいたいとずっと思ってた」――アルバム『二十九歳』と2014年の時代を巡る対話
http://www.nexus-web.net/interview/bbb3/

――ここからはちょっと大きな話をしようと思うんですけれど、2012年から2013年くらいで、日本の世の中のムードが変わった感じがあるんです。それはどう変わったかというと、端的に景気が良くなった。90年代初頭からの「失われた20年」がデフレの時代だったということがわかった。

小出 うん。

――それによって、ポップスの役割も変わりつつあると思うんです。閉塞感を共有するような役割が終わりを告げつつあるという。いわゆる「等身大」という言葉が効力を失いつつあるというか。

小出 それはわかりますね。

(中略)

やっぱり、それぞれ捉え方は違うけれど、同じように時代を捉えて作品を作っているんだなって思うんです。世間的なムードとか時代のムードを、肌で捉えて、誰よりも先に形にしていくという。

――そうなんですよね。

小出 そう考えると、ポップミュージックにそういうのは顕著に出てくるから。チームしゃちほこの“いいくらし”もそういう曲だし、ジャニーズWESTも“ええじゃないか”という曲を出したりとかしている。“ええじゃないか”という言葉が今出てくるのも意外と必然かもしれないと思ったし。やっぱり馬鹿にできないんですよね。



こちらは去年7月にやった取材。

高橋優 | 「景気が良くなろうが悪くなろうが人の闇は消えない」――2013年に高橋優が歌う意味と理由
http://www.nexus-web.net/interview/takahashiyu/

――2013年の東京に暮らしていて、社会のムードってちょっと変わってきたなって感じてるんですけれど。高橋優はどういう風に捉えている?

高橋 今はあながち悪くないんじゃないと思います。僕らの生活まで良くなってる感じはしてないけど、雰囲気的に今は悪くないんじゃないですかね。

――そうですよね。景気が良くなってる。週末の夜に新宿とか渋谷とか街を歩いてタクシーに乗る人の顔を見ることが多いんですけど、表情が変わってきてる。ここ数年ぐったりしてタクシーに乗る人が多かったんだけど、はしゃいでタクシーに乗ってる人が多くなってる気がする。

高橋 そうですね。そういう雰囲気なので逆に僕みたいな現状を歌おうとするシンガーは必要とされてないんじゃないの?って言われたこともあったんですけど。それならそれでいいかって思うんですよね。



時代のムードがいくら浮ついたものになっても、個人個人の心の中にあるモヤモヤは消えない。むしろ、ギラギラとした光が強くなったぶん、暗がりも深くなる。分断が生まれる。そこに寄り添ったり、掘り起こしたりすることも、アーティストとしての大きな役割だと思う。上記のインタヴューで、高橋優自身が「僕は靴で踏まれて地べたを這いずりまわってる側の人間だから」と、そういう決意を語っている。その必要性がなくなることは、決してない。

そのうえで、やっぱり思うのは、2013年になってデフレが解消されて、景気拡大期に入って「失われた20年」が本当に終わりを告げたのならば、それによってJ-POPのあり方にもで一つのモードチェンジがあってしかるべきだろう、ということ。たとえるならば、それは「ミスチルという時代」の一つの終わりということもできるんじゃないだろうか。

ミスター・チルドレンは92年にデビューをしている。バブルが崩壊した91年の翌年のこと。いろんなタイプの曲のあるミスチルだけれど、やっぱり聴いていてイメージするのは「現代社会の閉塞感」がキーワードになっている曲が多いな、ということ。代表的なのは「マシンガンをぶっ放せ」かな。

見えない敵にマシンガンをぶっ放せ Sister and Brother
天に唾をはきかけるような行き場のない怒りです



「名もなき詩」もそう。こちらは社会風刺の形で表出するのではなく、閉塞が内面化されている。

あるがままの心で生きられぬ弱さを
誰かのせいにして過ごしている
知らぬ間に築いていた自分らしさの檻の中で
もがいているなら
僕だってそうなんだ



2009年には「終末のコンフィデンスソング」という曲も発表されている。

たまに不吉な夢見るんだよ
走っているのに進まない
ひょっとしたら実際に起きてることを夢の中で知らせるメタファーかも



こうして、ミスター・チルドレンというバンドは、桜井和寿という作詞家は、「不安や苦悩」をJ-POPのフィールドで鮮やかに描き、90年代と00年代を通して、巨大なアイコンとして君臨した。彼らは、ポップソングを通して「閉塞感」を共有する時代の、一つの象徴になった。

だからこそ、『[(an imitation) blood orange]』以降、ミスチルというバンドは、以前のあり方を続けていくかどうかの大きな岐路にたっているんじゃないか、と思ったりもしている。ウカスカジーとしての活動は、その一つの実験としての意味も持っているんじゃないかと勘ぐったり。もちろんこのユニットはサッカーというのが大きなキーワードだし、「日本代表公式応援ソング」として巨大なプロジェクトになっているわけだから、これは一つのうがった見方かもしれないけれども。



ともあれ、ポップミュージックの作り手って、時代の空気を先端で感じている“カナリア”のような存在だと僕は思っているわけです。作り手は敏感だから、時代のムードを肌で捉えて、誰よりも先に言葉にする。

そういう観点でJ-POPを見ていくと、いろんなところにリンクが感じられて、面白いなと思うわけです。
(※UPしてから読み返して、いろいろ言葉足らずな感じがあったので、後半加筆修正しました)


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初音ミクとレディー・ガガの共演が必然だった件について

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■「世界を変えた」二組




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今日の話は、初音ミクがレディー・ガガのコンサートツアーにオープニングアクトとして参加するという話題について。ガガ本人のツイッター、クリプトン社のニュースリリース、そして各ニュースサイトで報じられてます。

数々の3DCGコンサートを実施している「初音ミク」ですが、アーティストのコンサートツアーへの参加は初となります。常に斬新な試みを続けるレディー・ガガとこのような形で関わることができ、大変嬉しく思っております。弊社そして「初音ミク」にとって、とても刺激的な期間になることでしょう。ファンの方々に楽しんで頂けるオープニング・アクトとなるよう、尽力して参ります。


クリプトン|「初音ミク」がレディー・ガガのツアーに参加!オープンニング・アクトとして北米16箇所で登場!
http://www.crypton.co.jp/cfm/news/2014/04/ladygagatour





初音ミク、レディー・ガガのワールドツアーに参加 北米16箇所を巡る - KAI-YOU.net
http://kai-you.net/article/4719


いやあ、これは胸熱! なんというか、個人的にはいろんな文脈が一気に交わって、「そう! そうなんだよ!」って机をバンバン叩きたいような感慨ひとしおです。去年の11月にダイノジ大谷さんのオールナイトニッポンに呼ばれたときにレディー・ガガと初音ミクについて熱く語ったときの記憶が蘇ります。





しかも『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』という書名の本を上梓したばかりのタイミングでこのニュースが飛び込んできたという。


初音ミクはなぜ世界を変えたのか?初音ミクはなぜ世界を変えたのか?
(2014/04/03)
柴那典

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まあ僕のことはどうでもいいとして、何はともあれガガ様大好きだし、思い入れのあるアーティストとカルチャーが交わるリンクが生まれて、しかもアメリカや海外に広まっていくというのは、ほんとに同時代に居合わせることができて幸福な体験だと思ってます。

で、一部のニュースサイトでは「異色コラボ」なんて言われてますが、僕は、これは必然の邂逅だと思ってます。3年前、2011年の12月からここに至るストーリーは始まっていた。livetune「Tell Your World」がドロップされた時から、レディー・ガガと初音ミクはリンクしていたと僕は思っています。その時に異様にテンションが上がってツイートしまくった内容のセルフまとめがこちら。

初音ミクとレディー・ガガにGoogleが見出した「ポップ・ミュージックの可能性」 - Togetter
http://togetter.com/li/228354






この二つの動画を見ると、「初音ミク」と「レディー・ガガ」を、Googleが同じ位相で捉えていることがわかる。ポップ・ミュージックの最先端の可能性がここにあると彼らは考えていたわけだし、それは今でも有効な話。

グーグルがポップ・ミュージックの「ポップネス」というのをどう捉えているかというと、それはすでに大手メディアによって与えられるものではなく、参加するというシステムが整備されることによって「立ち上がる」ものになっている、ということ。このCMで表現していたのは、レディー・ガガを支えているファン(=little monster)は「リスナー」ではなく「表現者」だということ。レディー・ガガも、初音ミクも、「参加することによって“ポップネス”が立ち上がるアイコン」として、一つの「ハブ」のような存在として、それが可視化され、広まっていった。つまり、どちらもソーシャルメディア以降の、情報環境が大きく変わったことを前提に立っているポップスターというわけで。

そして、ダイノジ大谷さんが言っているように、レディー・ガガはやっぱり「世界を変えた」んですよ。レディー・ガガはLGBTの権利のために戦い続けてきた。同性愛であることをカミングアウトしていた14歳の少年がいじめを苦にして自殺したことを受けて、2011年にオバマ大統領に直談判したりもしている。

そして、まだまだ途上だとは思うけれど、2010年代に入って、アメリカやヨーロッパ社会からは性的マイノリティを差別したり抑圧するようなムードは徐々に少なくなりつつある。マイノリティが息を吸いやすい社会に転じつつある。マックルモア&ライアン・ルイスの「Same Love」が同性婚が合法化されたLAのグラミー賞でパフォーマンスされたり、ロシアの同性愛宣伝禁止法に反対してソチ五輪の開会式に欧米主要国の首脳が欠席したりというは、その象徴だと思います。



で、初音ミクがどう「世界を変えた」のかについては、これは単行本のほうに書きました。こちらは一言で何かと言うと、クリエイティブのルールが変わったことの象徴になった、ということ。

本が発売されてから、ネットの匿名の反響の中では「世界なんて変わってねーだろ(笑)」的なコメントも、いくつか見受けられました。その人がそう思うなら、その人にとってはそうなのだと僕は思います。確かに僕自身ロキノンの出自なんで、大上段な言葉を使いたくなっちゃうクセはあるんですよね。でも、「世界」というのは、やっぱり社会とか政治の体制とか、そういう固くて大きなものをイメージしそうですが、僕はそれぞれの個人の視点や価値観から切り取ったアングルの集合体だと思っています。

■ZEDDからlivetuneへ



で、話を戻すと。

レディー・ガガがツアーのオープニングアクトに初音ミクを起用するのは、音楽的なところでも必然の繋がりがあったと思うんですよ。2012年に、レディー・ガガのオープニングアクトとして来日を果たしたのがZEDD。そして、2013年2月にリリースされたZEDDのデビューアルバム『クラリティ』に収録された「スペクトラム feat.マシュー・コーマ」をリミックスしたのが、「Tel Your World」を手掛けたlivetuneだったわけです。


Zedd - Spectrum (Lyric Video) ft. Matthew Koma


「スペクトラム feat.マシュー・コーマ(livetune Remix feat.初音ミク)」


『ARTPOP』にもZEDDはプロデューサーとしてがっつり参加しているわけで、そしてガガ様が日本のポップカルチャーに深い思い入れを持っていることは周知の事実なわけで。なので、今回のオープニングツアーの共演は、実現するべくして実現したコラボだと思うわけですよ。

気になるのは誰がバックをやるのかということ、そしてどんな曲をやるかということだけれど、個人的な希望としてはやっぱりここまでの経緯もあるし、世界を相手に打って出ることのできる才能だと思うし、アイドルポップに転じた新曲の「DECORATOR」も最高だし、livetuneのポップセンスとエレクトロ・サウンドを北米のガガファンに見せてやりたい気持ちです。



というか、kzにはプロデューサーとしてZEDDやMADEONに並んでガガの次作を手掛けるくらいの域まで行ってほしいと思ってます。まあ、クリプトン社にとっても、今回のオープニングは大勝負でもあると思うし、どんな形でも気合の入ったものを見せてくれるでしょう。

そして8月13日の来日公演! こちらに初音ミクが登場するかどうかは今の時点では未定だけれど、これはもう「期待高まる」と言いたい気持ちたっぷりですよ。

こちらからは以上です。


「note」で毎日1曲×100日紹介しようという試みをはじめました。

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noteはじめました

noteという、新しいウェブサービスが始まりました。

note ――つくる、つながる、とどける。
https://note.mu/


誘われて、使ってみて、だいたい一週間くらい経ちました。そこで考えたこと、やろうと思ったことを書きます。
まずはツイッターと共通の「shiba710」でアカウントとりました。

noteはじめました2

というわけで「https://note.mu/shiba710」が自分のトップページになります。

最初は、ブログの代わりになるかなあ、と思ってたんです。ここで言うのもなんだけど、べつにfc2というウェブサービスに何の思い入れもないし、スマホで見るとアダルト広告が入ってくるし、そろそろ移転したいなーとずっと思っていて。

だったら「note」に拠点を移そうか、と。でも、これは声を大にして言いたいことだけど、noteは

ブログの代わりとして使うのには使いづらい!


という大きな特徴があったわけです。少なくとも自分のやろうとしていることにとっては、そう。理由はいくつかあります。
1.「テキスト」の中にYouTube動画を埋め込めない
2.HTMLタグを指定できない
3.記事のカテゴリを指定できない
4.記事の公開時期を指定できない(過去の投稿とか予約投稿とかができない)

など。

最初、いくつか過去記事を移行して掲載してみて「うわあ、いろいろ不便だなあ」と思ったわけです。少なくとも、自分の書いた文章やコンテンツをストックして置いておく場所として使うためには、3や4は必須の機能なわけで。さらにはページデザインもカスタマイズできないし。

「トーク」と「テキスト」が並ぶのも、なんか違和感があるんですよ。「イメージ」「テキスト」「サウンド」「ムービー」とジャンルがわかれているのも、なんか変な感じがする。僕が今までブログで書いてきたものって、文章があって、ビジュアルがあって、YouTubeとかsoundcloudへのリンクがたくさん貼ってあって、amazonのリンクもあって、そういうウェブ上ならではの渾然一体とした「コンテンツ」なわけです。しかもそれを有料で売ろうと思ったことなんて一度もないわけで。だから、過去のブログ記事を転載してみても、面白みがぜんぜんない。

ただ、「note」というサービスの「いいなあ」と思うところは、設計した人の顔が見えているところだと思うんです。cakesを作った、そして「もしドラ」や「評価経済社会」を作った加藤貞顕さんという人が「こういうウェブサービスがあればいいなあ」と考えたものが形になっているわけで。そこに何らかの信頼感とかワクワク感があるからこそ、始まったばかりの場所に沢山の人たちが集まっているんだろうな、と。

だから、どうせやるなら、ブログを移行するよりも、この「note」に適したことをやってみよう、と。サービスに使いにくさを感じながらストレス抱えてやってみるより、「あ、これなら気軽にやれるし、面白いかも」と思えることをやってみよう、と思ったわけです。というか、昨日風呂に入りながらそういうことを思いついた。

それが、

「毎日1曲YouTubeで楽曲を紹介しよう」

ということでした。

まず、僕が直観的に感じ取ったのは、「note」という場所は情報の「ストック」ではなく「フロー」が見えるよう設計されているんだろうな、ということ。それがトップページのデザインや、記事のタイムスタンプやカテゴリをいじれないことに現れている。発信したことはどんどん流れていく。だから、「よいしょ」とじっくり作ったコンテンツよりも、ちょっとずつ、毎日継続してやっていくことに適している。

そして、もう一つ僕が感じ取ったのは「ムービー」というところの不思議さ。触ってみるとわかるんですけど、ここ、おかしいんですよ。「イメージ」は画像をアップロード、「サウンド」は音声ファイルをアップロードするような仕組みになっている。つまり、自分で撮った写真や作った曲や録音したトークを公開して、それを課金コンテンツとして提供しようということになっている。うん。それはわかる。

なのに、ムービーのところでは

「YoutubeまたはvimeoのURLを貼り付けてください」

となっているわけですよ。

いやいや、それ、変でしょう? 少なくとも、クリエイターの表現の場として「note」を捉えるなら、「自分で作った動画をアップロード」じゃないと、他の機能と統一がとれないことになる。「URLを貼り付ける」というのは、他人のアップロードした動画を手軽に紹介するための機能だと思うわけです。

で、そこまで考えて、はたと気付いた。「あ、これやればいいじゃん」と。

基本的に僕がやっている仕事の中心は、J-POPや洋楽やアイドルやボーカロイドや、とにかく世の中にたくさんある音楽について書いたり語ったりするようなもので。音楽ライターというのは、毎月、雑誌にディスクレヴューの原稿を書いているわけですよ。でも、今の世の中、リスナーにとってはむしろYouTubeで新しい音楽に出会うことが当たり前になっているわけで。ならば、そのプラットフォームを上手く使って新譜を紹介していくのが僕のやることだなあ、という考えに至ったわけなのです。

これなら自分が普段からやってることの延長で、気軽に、継続的にアウトプットできるということもあるしね。まあ、言ってみればYouTubeリンクつきのツイートをnoteに移行するというくらいの手軽さでやれるというか。

てなわけで、ボチボチ始めていきます。ルールは3つ。

・基本的にはお気に入りの新曲を紹介。
・文字数は100〜200文字くらい。
・1日1曲(を目標)。

​飽きたり、つらくなったり、noteというサービスが寂れたりしたら、すぐ辞めます。これ上手く行きそうだったら、知り合いのライターとか巻き込んで「グランジの名曲100選」とかやってもいいかもね。

というわけで、こちらもぜひフォローよろしくお願いします。

https://note.mu/shiba710


Vampilliaというバンドが凄いという話

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去年に「endless summer」という曲をきっかけに知って、そこから一気にハマったVampilliaというバンドについての話。いやあ、この人たち最高なんですよ。

vampillia.jpg


写真見ても一体誰なんだ?って感じだと思うんですけど。でも、曲を聴くと、すごくセンチメンタルで、儚くて、でも危うい凶暴さがあって、そこにすごく惹かれたわけなんです。



Vampillia 「endless summer」

で、いろんなところでこのバンド凄い!って言ってたら、彼らがアルバムをリリースするにあたって取材をしたり原稿を書いたりする機会が生まれて、それで書いたのが下記の原稿です。レーベルのプレスリリースなんかに使われてるはずだけど、ここにも載せようと思う。
いろんなタイプの曲があるけど、僕はBiSをボーカルに迎えた「mirror mirror」という曲が、ビデオクリップ含めて、すごく好きです。



Vampillia 「mirror mirror (bombs BiS)」 from 『The Divine Move』

―――――――――――

 初めてライヴを観た人は確実に目を丸くするはず。そして、単なるパフォーマンスだけでなく彼らの音楽が持つ“激情”のインパクト、喜怒哀楽の感情が一つになって奔流のように押し寄せるカタルシスの巨大さに不思議な感動を覚えるはずだろう。

 大阪を拠点に海外でも活動を繰り広げるブルータル・オーケストラVampillia。凶暴さと刹那的な美しさが同居する音楽性で話題を集めてきた彼らが、4月23日、いよいよ日本国内における1stアルバム『my beautiful twisted nightmares in aurora rainbow darkness』をリリースする。4月9日にはコラボシリーズ「bombs」として戸川純、BiSをボーカルに迎えた楽曲を含むミニアルバム『the divine move』もリリース。どこから見ても“異形”な存在でありながら何故か惹きつけられてしまう彼ら独自のポップネスが、いよいよ全貌を露わにしようとしている。

 では、果たしてVampilliaとは何者なのか? メンバーはVelladon、きこりの恋幟モンゴロイド、ギター、ベース、ピアノ、ストリングス隊、ツインドラムの吉田達也(Ruins)と竜巻太郎(NICE VIEW、TURTLE ISLAND)、新メンバーの真部脩一ら10人(ときにはそれ以上の)編成からなる。ステージ上では予測不能の破天荒なパフォーマンスが繰り広げられ、ドラマティックな楽曲が爆音で鳴り響く。その唯我独尊な音楽性と衝撃的なライヴは、各地で高い評価を受けていた。筆者が初めて観た時には、フロントのモンゴロイドが天井に吊り下がり、フロアに飛び込み、ピアノ×ヴァイオリン×轟音の凶暴なシンフォニーが繰り広げられていた。本当に度肝を抜かれた。

 結成は2005年。当初のメンバーには元ボアダムズの吉川豊人もいたが、バンドを率いるリーダーは「最初はそれ以外の全員がほぼ素人だった」と振り返る。最初から海外進出を視野にいれて活動してきた彼らは、アメリカやヨーロッパ、オーストラリアなど各地をツアーで回り、海外での音源リリースも実現させてきた。

 アルバム『my beautiful twisted nightmares in aurora rainbow darkness』は、そんなVampilliaが満を持して作り上げた、いわば最初の到達地点とも言える一枚だ。制作にあたっては、ビョークやシガー・ロスなど名だたる音楽家たちが使用したアイスランドのGREENHOUSE STUDIOにてレコーディング。同スタジオのオーナーであるヴァルゲイル・シグルズソンのラブコールのもと、プロデューサーにはビョークのリミックスも手掛けるベン・フロストを迎え、全曲を録音。ミックスは今作のリリース元であるVirgin Babylon Recordsの設立者world's end girlfriend が担当した。

 アルバムは、ストリングスとピアノの荘厳なフレーズと、ゲストに参加した「エレクトロニカの歌姫」ツジコノリコの繊細な歌声が響きあうタイトルトラックで幕を開ける。クラシカルな旋律と不穏なノイズが混じりあい、爆音とシャウトとデスボイスが鮮烈なインパクトを持って迫る。「ice fist」や「hiuta」などでは、オペラやミュージカルを思わせるような展開も見せる。そしてラストトラック「tui」は、悪夢からの目覚めを思わせるような、美しくも妖艶なピアノ曲だ。

 ブラックメタル、カオティック・ハードコア、ポスト・ロック、プログレッシヴ・ロック、アヴァンギャルド・ミュージック……彼らの音楽を形容するために思い浮かぶジャンル名は多岐にわたるが、実際、彼らが鳴らすのはそのどの様式にも当てはまらないサウンド。そして、その根っこの部分には確かなセンチメントが宿っている。「放課後の感じが好きなんです」と、リーダーは言う。実際、“音楽集団”としての彼らが持っているのは、バンドマンやアーティストとしての意識よりも、帰宅部の高校生が放課後に戯れ合っているような感覚のほうが近いのだとか。

 こうして独自の感性を磨いてきたVampilliaだが、1stアルバムのリリースと共に新たな展開もスタートしている。2013年からはメンバーに元相対性理論の真部デトックス脩一が正式参加。その真部が歌詞と歌メロを担当し様々なゲストアーティストを迎えてコラボレーションする「bombs」シリーズを開始させた。これはいわば、Vampilliaなりのやり方でJ-POPのフィールドを侵食する試み。「lilac (bombs 戸川純)」や「mirror mirror (bombs BiS)」など、フックに満ちたメロディと言葉は、不思議なほどのキャッチーさを持っている。

 また、この「bombs」シリーズの楽曲が収録される企画盤ミニアルバム『the divine move』には、ツジコノリコをフィーチャリングに迎え2013年晩夏に7インチリリースされた「endless summer」も収録されている。この曲の無垢なメロディは、とても胸に迫る。

 Vampilliaが鳴らすのは、儚く、グロテスクで、だからこそ心を鷲掴みにして離さない劇薬のような音楽だ。今の日本の音楽シーンにおいては、明らかに“異物”と言っていいだろう。でも、だからこそ新しいポップと成り得る可能性を持っている。
期待したい。


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