日々の音色とことば:

移転しました。新URLはhttp://shiba710.hateblo.jp/です。ここは更新されませんがアーカイブを置いておきます
kokuchi.jpg

スポンサーサイト

Posted on

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


花澤香菜『claire』と「“渋谷系”を終わらせたのは誰か?」という話

Posted on

claire

■作り手の「本気」が伝わってくるということ



花澤香菜の1stアルバム『claire』が素晴らしい。


花澤香菜さんの透明感ある歌声とキラキラした存在感が真ん中の軸にあって、様々な方向からそれを全力で引き出す制作陣の意地のようなものが全14曲に形になっている。

楽曲サウンドのトーンは、ネオアコやソフトロックやモータウンに遡るようなお洒落なポップスとしてまとまっている。いわゆる“渋谷系”と言われる音楽ジャンルに顕著な曲調だ。

ナタリーのインタヴューにも、こんなキャッチコピーがついている。

ナタリー - [Power Push] 花澤香菜 1stフルアルバム「claire」特集
“渋谷系”ポップスを継承する傑作アルバム完成

ただし。こういうタイプの曲って、ヌルく作ろうと思えば全然作れるんだよね。過去の良質なポップソングへのオマージュを込めて、甘いメロディを書いて、可愛い女の子に歌わせて――。上手くできてるよな〜と思いつつ、そういう方法論的なものが目についてあんまり心に響かないタイプの楽曲は沢山ある。でも、花澤香菜さんのアルバムは、そういうものとは何か違った。

聴いてるとわかるんだけど、全ての曲に「絶対、いい曲作ってやる!」というクリエイターの気迫みたいなものが宿っていて、それが内側の熱量となってあらわれている。たとえば音色の選び方のとか、「お?」と思わせるコード進行の妙とか、そういう一つ一つの細かいところから、作り手の「本気」が伝わってくる。

プロデューサーを務めたROUND TABELの北川勝利さんは、雑誌『MARQUEE』に掲載された、沖井礼二さん、ミト(クラムボン)さんとの対談で、こんな風に語っている。

「今、この人たちが本気で曲書いてアレンジをやって、アルバムにブレなく曲が並んでたら、絶対色んな人に伝わるだろうなって」(北川)


たぶん、そういうことなのだと思う。そして、この言葉の意味を噛み締めるためには、「渋谷系がいつ終わったか――」という歴史を振り返る必要がある。


MARQUEE Vol.95 マーキー95号MARQUEE Vol.95 マーキー95号
(2013/02)
不明

商品詳細を見る


■“渋谷系”が終わったのはいつか



“渋谷系”と呼ばれるムーヴメントが終わったのはいつか。もちろん人によって、その捉え方は違うだろう。しかし、僕にはとても印象的な「終わり」の風景が記憶に焼き付いている。

それは99年のこと。

カジヒデキのアルバム『the fireworks candy&puppydog store』を引っさげての全国ツアー、最終日の赤坂ブリッツでのことだ。

そこには、本当に、悲しくなるほど人がいなかった。後にも先にも、あんなにガラガラの赤坂ブリッツのフロアを見たことはない。確かその時のカジさんが何かの着ぐるみを身につけてステージに登場していて、そのはしゃぎっぷりが客席の寒さを際立たせていた。あの時、すでに“渋谷系”のブームは終わった後だった。あそこにあったのはバブルが弾けた後の焼け野原だった。

そして、前にもこのブログに書いたけれど、そこから振り返る数年前、95年の頃は、ちょうど“渋谷系”の爛熟期だった。

95年の“渋谷系”の話/その頃のぼくらといったら、いつもそんな調子だった - 日々の音色とことば:
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-524.html


小沢健二『LIFE』が94年で、「強い気持ち・強い愛」も「痛快ウキウキ通り」も95年。コーネリアス『69/96』も95年。ピチカート・ファイヴは、小西康陽と野宮真貴の二人体制になってから初のアルバム『オーヴァードーズ』を94年に、初のベストアルバムを95年にリリースしている。





LIFE69/96
ピチカート・ファイヴ TYO


96年も、97年も、ムーヴメントの熱気はまだ続いていた。97年1月にリリースされたカジヒデキのファースト・ソロ・アルバム『ミニ・スカート』はオリコンチャート4位を記録している。そして、こうして時系列を追っていくと、一つの事実が浮かび上がる。

“渋谷系”が終わったのは、98年だった。


■“渋谷系”を終わらせたのは誰か



実は、エスカレーターレコーズの代表・仲 真史氏も同じことを言っている。

「カジ(ヒデキ)くんがソロ・デビューしたのが96年、NEIL&IRAIZAのアルバム『JOHNNY MARR?』を出したのが97年。で、その辺の俺らの知らないフォロワーが出てきた98年が、世間で言うところの渋谷系の終わりなんじゃないかってことで、“没10周年”にしたんだよね」


特集:“渋谷系没10周年”!? 〈エスカレーターレコーズ〉主宰者、仲 真史、語る - CDJournal.com
http://www.cdjournal.com/main/cdjpush/-/2000000368

これが2008年のインタヴュー。ただし、僕は“渋谷系”のムーヴメントは、ただ単に勢いを失って収束したのではなかったと思っている。仲 真史氏が言うところの“俺らの知らないフォロワー”がそれを終わらせたのではない、と思っている。それを裏付ける、いくつかの事実がある。

  • Cocco デビューアルバム「ブーゲンビリア」 1997年5月リリース

  • 椎名林檎 デビューシングル「幸福論」1998年5月リリース






ブーゲンビリア無罪モラトリアム




97年から98年にかけて登場した二人の女性シンガーは、日本の音楽シーンを一気に塗り替えた。

どちらも共通するのは、歌い手自身が歌詞を書き、曲を書くということ。なかでも、椎名林檎のキャッチコピーが象徴的だ。デビュー曲よりもむしろセカンドシングル「歌舞伎町の女王」で一世を風靡した彼女は、当初「新宿系自作自演屋」を名乗っていた。これはクリティカルに“渋谷系”を殺す言葉だった。

“渋谷系”を象徴する音楽のあり方は、それが「ポップアイコン」の音楽である、ということだ。たとえばピチカート・ファイヴにおける野宮真貴を考えるとわかりやすい。彼女の存在価値は、アイコンであること。曲と歌詞を書くのは小西康陽。「東京は夜の七時」と野宮真貴が歌うときに、彼女の内面性はそこに一切存在しない。いわば“お人形”に徹していること、楽曲や歌詞とシンガーの内面性が切り離されていることこそが、クールだった。

しかし、椎名林檎やCoccoは、自ら歌詞を書き、曲を書く。そこには女性ならではの内面性、いわゆる「情念」が息づいている。そういったシンガーソングライター的な“歌姫”がヒットして趨勢を作ったことで、いわゆるポップアイコンとしての歌い手は後景に追いやられた。

そして、もう一つの見逃せない潮流が、98年に生まれていた。

  • MISIA メジャーデビューシングル「つつみ込むように…」98年2月リリース

  • 宇多田ヒカル メジャーデビューシングル「Automatic/time will tell」 98年12月リリース





Mother Father Brother SisterFirst Love


MISIAの登場は、当時のリスナーにとっては衝撃だった。R&B〜ソウルを歌う実力派シンガー、つまり“ディーヴァ”がヒットチャートを塗り替えたのが98年だった。先行して登場したUA、後を追ったSugar Soul、bird、小柳ゆきと共に、R&Bディーヴァは一大ムーヴメントを築きあげる。彼女の登場も、“渋谷系”的な感性を後景に追いやるものだった。

そういった「情念系歌姫」と「R&Bディーヴァ」の二つの流れが生まれていた98年の日本のポップミュージックのシーンにおいて、年末に一つの決定打が登場する。それが宇多田ヒカル。彼女のデビューアルバム『First Love』がリリースされたのは99年3月。860万枚以上を売り上げたこのアルバムが巻き起こしたセンセーションの大きさは、今さら語らなくても伝わると思う。

“渋谷系”を殺したのは誰か? それはCoccoであり、椎名林檎であり、MISIAであり、宇多田ヒカルだった。

彼女たちの登場が、日本の音楽カルチャーを塗り替えたのだった。

■15年目のリベンジ



そのことを考えると、花澤香菜のアルバムの持つ、もう一つの意味が浮かび上がる。つまり、リベンジだ。

花澤香菜のアルバムに中心的に関わっている“渋谷系”クリエイターのデビュー時期を並べると、こうなる。


  • 北川勝利――ROUND TABLE 1998年、シングル「Feelin' Groovy」にてメジャーデビュー

  • 沖井礼二、矢野博康――cymbals 99年、シングル「午前8時の脱走計画」でメジャーデビュー

  • 中塚武――QYPTHONE 98年、1stアルバム 「QYPTHONE」発表

  • ミト――クラムボン 99年、シングル「はなれ ばなれ」でメジャーデビュー



全員が、98年以降。つまり“渋谷系”が終わった時代の後に自身のプロジェクトでメジャーデビューを果たした人たちだ。前述の仲 真史氏が言うところの“俺らの知らないフォロワー”たちなわけだ。

00年代初頭、当時の音楽雑誌の編集者だった僕は、当時のROUND TABLEやcymbalsを、どう見ていたか。正直に言ってしまうと、それは「時代に乗り遅れた」ものだった。それほどに、Coccoや椎名林檎やMISIAや宇多田ヒカルの登場は鮮烈で、99年の“渋谷系”的なセンスが立っていたのは「焼け野原」だったのだ。

なので、前述のナタリーの記事のキャッチコピーは、実は、半分正しくて、半分間違っている。

“渋谷系”ポップスを継承する傑作アルバム完成

とあるけれど、このアルバムは、”渋谷系”が時代の中心だった頃のクリエイターが再集結した作品ではない。むしろそれが“辺境”に追いやられた後に、それぞれのフィールドで「戦ってきた」人たちが集結したという意味合いがある。世代こそ上だけど、そこにはカジヒデキさんや宮川弾(ラヴ・タンバリンズ)さんも含まれる。

花澤香菜のアルバムは、「98年」に対するリベンジが結実したものだった。


だからこそ、これだけの気迫に満ちたものになっているのだと思う。

■「ポップアイコン」としての女性シンガーの復権



ただし、花澤香菜さんのアルバムは、単なる“不遇を舐めたポスト渋谷系の再集結作”ではない。

「同窓会ではない」と、ナタリーのインタヴューで北川勝利さんも語っている通り、そこには様々な世代、異なるフィールドのクリエイターが集っている。アニメのフィールドで職業作家として活躍してきた神前暁さん、meg rockさんも参加しているし、ボカロPとして名を上げた古川本舗さん、その古川本舗さんのアルバムに歌い手としても参加しているクリエイターacane_madderさんも名を連ねている。この人選について、北川勝利さんはこう語っている。

聴いてもらえれば、きっとブレてないことが伝わるんじゃないかな。



その“ブレのなさ”とは何か。世代もフィールドもジャンルも異なる人たちに共通するものとは何だったのか。それがたぶん、”渋谷系”という言葉や、「お洒落っぽい音楽」という表層的なイメージの奥底にある一つのセンス、美学のようなものなのだと思う。古川本舗さんは、自身の作品のインタヴューでこんなことを語っていた。

プロデューサーがコアな音楽要素をポップアイコンに乗せて出すという、そのバランスがすごく好きで。ああいうところに今でもやっぱり憧れも感じます。


ボーカロイドからリアルボーカルへ 古川本舗インタビュー -インタビュー:CINRA.NET
http://www.cinra.net/interview/2012/11/09/000000.php


数いるボカロPから、なぜ「古川本舗」が参加したのか。それは、この価値観を共有するクリエイターだったからだったと思う。花澤香菜の周囲に集まったクリエイターたちがやろうとしたのは、シンガーソングライター的な”内面性”に対しての”ポップアイコン”の復権だ。

時代は移り変わる。ひょっとしたら、このアルバムがその端緒になるかもしれない。そういうことを考えるとワクワクする。


claireclaire
(2013/02/20)
花澤香菜

商品詳細を見る

スポンサーサイト

2012年、個人的に響いた1曲――XINLISUPREME「Seaside Voice Guitar A.D.」

Posted on

4 ボムズ

2012年を振り返って、よかった作品、好きな作品は沢山あるけれど、「個人的に響いた1曲」は断然これだったなあ。XINLISUPREME「Seaside Voice Guitar A.D.」。




正直、聴く人を選ぶたぐいの音楽だとは思う。スピーカーが壊れたかと思うくらいのノイズが詰め込まれている。ただ煩いだけの音楽ではなく、まるで暴風雨のような音が鳴っている。ポップ・ミュージックの範疇は、軽く逸脱している。でも、不思議と揺さぶられる。胸が震わされる。僕が最初に音を聴いたときの第一印象は、こんな感じ。











数ヶ月経っても、やはりその衝撃は変わっていない。

世界中の叫び声を、一つの音楽の中で鳴らす



熊本の奇才シンリシュープリームによる、10年ぶりのCD作品である『4 Bombs』。その「10年」という時の重みを追っていくと、何故こんなに奇怪で激しくてエモーショナルな音塊が生まれたのかを、垣間見ることができる。

伝説の轟音エレクトロニカ・ユニット「XINLISUPREME」について
http://matome.naver.jp/odai/2134763656931579401

上記のページにもまとめたけれど、XINLISUPREMEがデビューしたのは、2002年のこと。シガー・ロスやムームを輩出したイギリスの名門インディレーベル「FatCat Records」からデビューした日本人アーティストである。デビュー作『Tomorrow Never Comes』は当時の海外メディアでもかなりの賞賛を集めたが、その後はずっと沈黙。僕も名前は覚えていたけれど、「ああ、いつの間にか活動しなくなったんだな」くらいに思っていた。が、どうやら本人は「至上の一曲」を作り上げるべく、マッドサイエンティストのように地元で作業に作業を重ねていたようだった。

彼はインタヴューでこんな風に語っている。

僕にはその時、もしフル・アルバム制作に掛ける全ての時間をたった一つの曲だけに費やしたら、どんな音楽が生まれるのだろう? という考えがありました。しかし、レーベルからはシングルやEPよりも、商業的な理由もあり、フル・アルバムを作って欲しいという要望がありました。本当に迷いましたが、最終的に、至上の一曲を作る環境作りのためにレーベルから離れて、一人で活動する選択を取りました。

「Seaside Voice Guitar」を至上の一曲の候補として選び、2010年の完成まで全ての制作時間をこの曲一つの為だけに費やしました。完成後はもちろんたった一つの曲だけなので、レーベルを通して商業ベースで出せる筈もなく、自分のサイトで公開しただけでした。


[ototoy] 特集: XINLISUPREME『4 Bombs』
http://ototoy.jp/feature/index.php/20121013


「耳をつんざくような轟音なのに、聴いてると何故か涙が出てくる」――。僕は、「Seaside Voice Guitar」を聴いて、そんな感想を抱いた。何故そういう風に感情を揺さぶられる曲なのか。彼自身がその意図を明確な言葉で説明している。

世界中のあらゆる叫びをもし全て同時に鳴らしたとしたら、それはウルサいと言う意味でノイズとして聴こえると思います。しかし、一つ一つの叫びはノイズではなく、それぞれの切なる想いなり音楽だと思っています。僕にとって、「Seaside Voice Guitar」にとってのノイズとは、そういった現在過去未来の世界中の叫び声を時空を超えて、一つの音楽の中で可能な限り同時に鳴らそうと挑戦する馬鹿げた試みだったと思います。狂ってると思われるでしょうが、しかし僕はそこにこそ希望があると信じて作リ続けていました。

(同上)







「絶対開けちゃいけないと長年言い伝えられ、固く封じられてきた何かの箱」。つまりそれは、パンドラの箱だ。パンドラの箱のフタを開けたときに、病気、盗み、ねたみ、憎しみ、悪だくみなど、この世のあらゆる邪悪が世界中に飛び散ったかのように。悲しみや、嘆きや、怒りや、咆哮や、ありとあらゆる叫びが飛び散ることをイメージして作られた音楽。それがこの曲なんだと思う。(そして、だからこそこの曲には「希望」が込められている)

「たとえばもしこの世界が夢ならば」

そんなことをたびたび思った2012年だったな。


XINLISUPREME - Seaside Voice Guitar (Lyric)

海はあおく染まり 二人きり眺めていた 
さりげなく日射しは 長くのびて照らしてた

海にすい込まれ洗われた 君が描いてた明日は
結構すばらしい詩で
君の横に座った僕は なんにも知らない顔して
脱いだ靴 足元に揃えてた

たとえばもしこの世界が夢ならば
目覚めれば僕は 君を忘れるのかな
似会いすぎた景色のなかで 不安に
少しずつ心をうばわれた

波の数 かぞえてた君はおかえりと強く声かけて
ひとみに僕の心をうつしてた
君は確かに此処にいて 望んでいた風景のなかで
僕を見ている 今の僕がいた

海岸へとひろがる心で遊ぶメロディー
波の音に遇えば 繰りかえし打つリズム 
思いがけず胸の奥まで 長くのびて照らしてた
 
二人は今夜の夏の夢を
朝には忘れてしまうのかな
いつか夢で もしまた遇えたならば
せめて忘れない夏の夢ならば

海はあおく染まり ふたりきり眺めていた
海岸へとひろがる心で遊ぶメロディー
波の音に遇えば 繰りかえし打つリズム 
さりげなく日射しは 長くのびて照らしてた
海をみつめ指先で あなたの心にいますと
砂浜に描いた君は 夢のなかで詩にした
ひとみ閉じれば今も あの日の夢を思いだす
耳をすませば今も
君の歌がきこえてる
たとえばもしこの世界が夢ならば
目覚めれば僕は 君を忘れるのかな
似会いすぎた景色のなかで 不安に
少しずつ心をうばわれた

たとえばもしこの世界が夢ならば




もはや平和ではない

Posted on



12月12日、タワーレコード限定の500円シングルとして、うみのて『もはや平和ではない EP』がリリースされた。

ようやく、この曲が音源化された。この曲を最初に知ったのは今年の春のこと。笹口騒音ハーモニカの弾き語りで、どこかのライヴで観たのがきっかけだ。


今日もどっかで起こってる
小さな戦争 小さな悪意 小さないたずら 小さないじめ 小さな欲望 小さな声
やがて重みに耐えきれず
どっかがぷっつりキレるだろう
やがて痛みに耐えきれず
僕らはぷっつりキレるだろう

その日までその時まで 知らないふりを続けるのか
面倒臭がって明日にしよう 見て見ぬふりを続けるのか

もはや平和ではない

僕らは毎日注意深く 慎重に暮らしてる
誰も傷つけないように 誰にも傷つけられぬよに

僕らの平和はつぶされる
一人の馬鹿に 一人の馬鹿 一人の馬鹿 一人の馬鹿 一人の馬鹿

ひとりのバカ!

「笑っていいとも!」やってる限り平和だと思ってた(そうですね!)
「笑っていいとも!」やってる限り平和だと思ってた(そうですね!)

けど

もはや平和ではない




その後、YouTubeでこの動画を観た。2分30秒からの展開に目が離せなかった。



天才だ、と思った。

その後、鉄琴とキーボードのnekiが加入し、今の5人編成になったうみのてを初めて観たのが、今年の8月のこと。曲のインパクトもさることながら、何よりバンドサウンドが格好よかった。ギターの轟音が渦を巻き、鉄琴はキュートに響き、眩い音が鳴っていた。







興奮したまま、新宿ロフトの物販ブースでアルバム「NEW WAR(IN THE NEW WORLD)」~『新しい戦争を始めよう』オリジナルサウンドトラック~」を購入した。

そして、その頃から、あっという間に時代は変わった。

笹口騒音ハーモニカが「もはや平和ではない」という曲を作ったのは、かなり前のことだ。曲の直接的なモチーフは秋葉原無差別殺傷事件で、2008年のこと。

しかし、2012年12月12日。「戦争をするぞ」という言葉は、選挙戦の街頭演説から聞こえてくるようになった。それも、一介の泡沫候補ではなく、メディアを賑わす新党の党代表の言葉として伝えられた。戦争をしたいという人が、それで何かの問題を解決できると思う人が、一定数いる。それはもはや白日の下に明らかになった。「事実上の弾道ミサイル」という言葉がメディアを飛び交うなか、この曲はタワーレコードの店頭に並んだ。

もはや平和ではない。そうですね。もはや風刺として成立しないほどの肌身に迫るリアリティが、この言葉に生まれてしまった。

ただ、一つだけ指摘しておきたいのは、彼らが歌う”戦争”は、ニュースや政治家の言葉から思い浮かべる “戦争”とは違う、ということ。

第5世代の戦争


笹口騒音ハーモニカが、うみのてが歌う「新しい戦争」とは、「第5世代戦争」のことだ。

それは、領土や資源を巡る国と国との衝突ではない。テロのような理念の衝突でもない。徴兵制どころか、軍隊すらも必要ない。そういう戦争が、生まれつつある。これは僕が言い出したことではなく、2009年にアメリカの軍事専門家が提唱したことだ。

軍事理論の専門家たちはこの数年というもの、もっぱら「第4世代戦争」について考えてきた。これは、領土や資源をめぐる衝突というよりは理念の衝突であり、「グローバル・ゲリラ」の概念を唱える著述家のJohn Robb氏が、「アドホックな兵士」と呼ぶ者たちによって遂行されるものだ。

ウェブサイトや衛星電話、国際的な物資調達、24時間放送のケーブルニュース、銀行口座への即時送金などによって、同じイデオロギー、あるいは同じ敵を持つ者は、たとえ何千キロ離れていたとしても団結することができる。John Robb氏は、これを「オープンソース戦争」と呼んでいる

(中略)

「第5世代」と呼ばれる次世代の戦争には、第3世代におけるような軍隊もなく、さらに、第4世代におけるような明確な理念もない。

アフリカ担当のトップ情報部員である米国陸軍のShannon Beebe少佐はこれを「暴力の渦(vortex of violence)」と呼んでいる。将来を見据えた首尾一貫した計画というよりも、フラストレーションをより大きな動機とした、何のルールもない突然の破壊だ。

第5世代戦争は、不満を抱える世界の人々がその絶望を、より高度に組織された第4世代戦争の兵士が開拓した戦術と戦場を利用して、自分たちに欠けているすべてのものを最もわかりやすく体現するシンボルに向けた時に起きるものだ。

WIRED.jp -「第5世代の戦争」:理念の衝突すらない、突発的な暴力の時代



「フラストレーションを大きな動機とした、何のルールもない突然の破壊」。これは2009年の言葉だけれど、2012年にいろいろな場所で巻き起こっている状況を、とても鋭く射抜いている言葉だと僕は思う。


僕が取材を担当した北野武監督の『アウトレイジ ビヨンド』についてのインタヴュー原稿でも、このことに触れている。

もしかしたら、あと20年か30年後に世界中の人が「このときから人間の破滅は始まってた」って言うんじゃないかな。それが今日のことを指すのかもしれないし。我々が幕末の話をするときに「このときにはもう江戸幕府は終わってたね」って言うのと同じように、世界のあらゆるものが崩壊しだしている。

CINRA.NET - 北野武が語る「暴力の時代」

「暴力の時代」は始まっている。それは肉体的なものではなく、すでに記号上の悪意として、メディア空間の上を跋扈している。

笹口騒音ハーモニカは、うみのては、ずっとこのことを歌い続けている。


新しい戦争を始めよう
それは現代の戦争
殺し合いなんて時代遅れ
銃? ミサイル? ダサイダサイ
ボタン一つでお前をキルユー
情報操作でイレイスユー
“NEW WAR (IN THE NEW WORLD)”




SASAGUCHI FOR PEACESASAGUCHI FOR PEACE
(2012/12/12)
笹口騒音ハーモニカ

商品詳細を見る



NEW WAR(IN THE WORLD)NEW WAR(IN THE WORLD)
(2012/07/01)
笹口騒音ハーモニカ、うみのて 他

商品詳細を見る


the HIATUS ―カゲロウの生まれる場所について 

Posted on



ニューヨーク、ウォール街にて


12月上旬、寒空の下のズコッティ公園を訪れた。日曜日の昼。ブルックリンのホテルから地下鉄に乗って「Wall St.」駅を降りると、まずアメリカ金融博物館の建物が目に入る。エントランスには「THE MONEY, THE POWER, THE HISTORY.」と露骨なほどストレートに自己言及的なキャッチ・コピーが書かれている。へえ、と思う。なるほど、こういうところなんだ、と。

ニューヨークという街を訪れるのは初めてだ。
9月に報じられた「Occupy Wall Street」のニュースを観てから、なんだか無性に惹きつけられるような思いがしていた。そこに何があるのか。どんな熱気が10代や20代の若者たちを駆り立てたのか。それを確かめたくなった。「We are the 99%」というキャッチフレーズはSNSを通じて網の目のように広がった。数々のミュージシャンが支援を表明した(※その一覧はhttp://www.occupymusicians.comで見ることができる)。

11月に行われたナオミ・クラインのスピーチを見たときに、その場所を訪れてみたいという思いはさらに高まった。広場では拡声器の使用が禁じられていたが、集まった人たちが次々にそれをリフレインする「人間マイクロフォン」が行われ、ナオミ・クラインの声は群衆の隅々にまで届いていた(YouTubeにアップされたその様子が以下に紹介されている http://quasimoto.exblog.jp/16562628/)。

まるで、ツイッターの「リツイート」やフェイスブックの「シェア」のように、一人の身体から発せられた生身の声が広がっていく様子は、この運動の本質を表現しているように僕には感じられた。一方で日本のマスメディアや一部のジャーナリストたちが、そこに起こっている状況を「反格差デモ」という言葉の狭い枠組みの中に押し込めようとするのには、なんだか背中がむず痒い感覚を覚えていた。「グローバルな基準で見たらあそこに集まってるいのは裕福な人たちだ。」、「i-Phoneや最新デジタル機器に囲まれ“先進国生まれという既得権益”を振りかざす幸せな若者たちだ。」と分断の刃を振りかざすような物言いには、寒気を覚えた。

***

渡航のチケットをとった後に、デモ隊が排除され数十人が逮捕された、というニュースを目にした。12月のニューヨークは寒い。もう誰もいないかもしれないな、でも“跡地”くらいは見ておきたいな、そういう気持ちで公園に足を運んだ。周囲には、警察の黄色いテープが張られていた。ぽつんぽつんと、数人が残っていた。「OCCUPIED WALL STREET JOURNAL」を配っている20~30代らしき若者が一人、観光客をつかまえて熱心に語る黒人の婦人が一人。奥のほうでは、チェスを打っている壮年の二人組に、ぶらぶらと歩きながらアコースティック・ギターを抱えて歌っている中年男性。ウサギを撫でている女の子。みんな思い思いに勝手なことをやっていた。ああ、こんなもんなんだ、と思った。You Tubeの動画を通じて見た広場の一体感と高揚感はそこになく、“祭りのあと”のようなムードが漂っていた。正直時期を逸したなと思いつつ、でも僕は、その「寒空の下でみんなが思い思いに適当なことをやっている様子」を見て、なんだかいいな、と思った。

***

猟犬とベテルギウス


the HIATUSが2011年11月23日にアルバム『A World Of Pandemonium』をリリースした。そこで奏でられていたのは、それまで2枚のアルバムで追求してきた音楽性とは大きく違う、アコースティック・ギターなど生楽器を中心にしたサウンドだった。激しさよりも透明感を、爆発力よりも奥深さを感じさせる曲調。これまで彼らを追ってきたリスナーの中には戸惑った人もいたと思う。でも、僕自身は、極めてまっとうな進歩だと感じた。表面的なサウンドは確かに大きく違う。しかし掲げられている価値観、音や言葉を生み出す根源にあるものは何一つ変わっていない。ヴォーカリストの細美武士は、雑誌『PAPYRUS』のインタヴューにて、それを明確に語っている。

奔放な精神の獲得とか解放とかが、テーマとして常にあります。

もともとの根源的なモチベーションというのは、今この瞬間に生きているというだけで何らかの炎が燃えているように在るはず。それをいかに剥き出しにしていくか、というところだと思うんです。(中略)たとえば自分の場合は、自分の精神を自由にするための生き方やものごとの捉え方を見つけて、今もせまり来る束縛や抑圧をどう乗り越えていくのかっていう、そこに自分の生命の戦いみたいなものがあるということ。この戦いが激化すればするほど、作品が突進力のあるものになっていく。

(『PAPYRUS』vol.33 特集・細美武士が歌う「意味」より)


papyrus (パピルス) 2010年 12月号 [雑誌]papyrus (パピルス) 2010年 12月号 [雑誌]
(2010/10/28)


商品詳細を見る


上の言葉を踏まえてアルバムを聴くと、そのことが変わらずにテーマとして掲げられていることに、すぐに気付く。たとえば一曲目の「Deerhounds」。「猟犬」というメタファーに託した野生のイメージは、まさに彼が言う“奔放な精神”を指し示している。

My empty soul is screaming out
I’m starting out in the world of pandemonium
("空っぽの僕の魂は叫び声をあげて
大混乱の世界に旅立った")
I saw deerhounds running wild again
("猟犬たちが 再び自由に駆けていく")



ここで描かれているイメージは、アルバム全体を貫く世界観にも繋がっている。
そして、それが2011年の社会への明確なカウンターとしての表現になっていることも、一聴して気付く人は多いだろう。3.11以降に明らかになった日本の数々の綻びと、中東からヨーロッパに至るまで世界各地で現前化したシステムの歪みと軋み。細美武士は2010年の時点で、それを「今もせまり来る束縛や抑圧」としてきっちりと射程に収めていたのだと、僕は思っている。

その証拠となるのが、前作アルバム『ANOMALLY』の中に収録された“ベテルギウスの灯”という曲だ。この曲の歌詞について彼はこのように語っている。

超新星爆発を間近に控えたベテルギウスは、実は天体自体はすでに爆発してなくなっていて、いまこの地球にはその過去の光だけが届いているのではないかとも言われていて、もう存在しないかも知れないこの星を、古びた権威とか、過去の封建的なもの、少し前の時代に正気だったものを今でもあたかも正気であるかのように運んでくるものの象徴として登場させました。そういう目に見えない抑圧のようなものに対する抵抗が、自分の基本的な行動原理の根底にあるんじゃないかと思います。

(同『PAPYRUS』より)



アルバム『A World Of Pandemonium』も、基本的にはこの「ベテルギウス」VS「猟犬」のストーリーが描かれている。サウンドが有機的になったのと引き換えに、言葉はより直接的になり、歌はパンク的なシャウトから生々しい体温の伝わる“息吹”のようなものへと近づいた。表現方法とアプローチは変わったが、音楽を通して辿り着こうとしている核心は何一つ変わっていない。

***

カゲロウと優しい嘘


アルバム『A World Of Pandemonium』の中核をなす一曲に、5月にEPとしてリリースされた「Bittersweet / Hatching Mayflies」という曲がある。実は、この曲を最初に聴いたとき、僕はとても不思議に思った。これまでに書いてきた細美武士のアプローチを踏まえて考えると、「Bittersweet」という言葉は、いかにも不自然に思えたのだ。「ビタースウィート」=「ほろ苦い甘さ」は、大人の味だ。

大人というのは、時に抑圧や束縛として機能する社会のルールを「まあそういうもんだよね」と受け止め、次の世代にそれを受け渡す役目を持った人間のことを指す。そういう意味では、極めて社会的に真っ当な存在であるのも事実。しかし、それによって損なわれてしまう人間の自由や本能を一貫して歌い上げてきたのが細美武士というミュージシャンである。もし、細美武士が「ビタースウィートな気持ち」「大人になるということ」を称揚するためにこの曲を書いたとすると、それは彼がこれまで歌ってきたことと真っ向から矛盾する。その一貫性は損なわてしまう。

では、細美武士は「Bittersweet」という言葉にどんな意味を込めたのか――。それを考えるためには、タイトルに掲げられたもう一つの言葉である「Hatching Mayflies」(=孵化するカゲロウ)の意味するところがヒントになる。

「Bittersweet / Hatching Mayflies」は、希望についての歌だ。
この曲の歌詞はこう始まる。

Hope to me was a big red balloon
Deflating slowly and still stuck to the celling
("僕にとって希望って ゆっくりとしぼみながら
それでも天井にくっついたままの 大きな赤い風船だった")



そして、歌詞の中では「僕にとっての希望」の比喩が積み重ねられていく。

「うたた寝したときに見た ぼやけた人影みたいなものなんだ」。
「ある日差しの強い日に捨てられちゃった 古びた熊のぬいぐるみだった」。
「水たまりに浮かんだ ガソリンの虹みたいなものなんだ」。



このすべての比喩に共通するのは、どれもあっという間に消えてしまうものということ。ゆっくりとしぼんでいく赤い風船も、捨てられた熊のぬいぐるみの記憶も、ぼやけた人影も、ガソリンの虹も。形を保っていられるのは、一瞬のことでしかない。とても儚い。

しかし、歌詞の中には、もう一つ「儚い」ということを象徴する言葉が出てくる。それが曲タイトルにもあるMayflies(=カゲロウ)。一日だけの命しかもたない、か弱い昆虫だ。ちなみに、日本語名は揺らめいた空気がぼんやりと見える「陽炎(かぎろひ)」に由来するという。そこから思い浮かぶイメージをつなげると、この曲で歌われている「カゲロウ」こそが「希望」を象徴するメタファーの役割を担っていることがわかる。

そして、曲後半に決定的な一節がある。

I know It’s fine
Some of these mayflies
As they hatch in brackish streams
(”大丈夫だってわかってる
かげろうたちの中には
汽水の流れに孵化するものがいるように”)



カゲロウの幼虫はすべて水中で生活し、河川のきれいな流域に生息するとされている。
しかし、その中には、汽水域で孵化する種もある。濁りのない淡水の中だけでなく、河口近くで川の水と海の水とが入り交じる場所でも、カゲロウは育つ。だから、大丈夫。それがこの曲のステートメントだ。

振り返る形で曲の前半部の歌詞を見ると、そこではこう歌われている。

I know it’s fine
And all these good lies
As if woken from my sleep
(“大丈夫だってわかってる
たくさんの優しい嘘に囲まれながら
まるで眠りから起こされるように“)



ここで歌われている「good」と「lies」を象徴するものが、すなわち、それぞれ上の比喩の汽水域における「淡水」と「海水」なのだと思う。

細美武士は、この曲についてラジオなどで「矛盾語法がいろいろ登場する曲なので、矛盾語法のタイトルをつけた」、「でも、本脈のタイトルはまた別なので二つの言葉がついている。」と語っていた。「矛盾語法」というのは、撞着語法とも言われる修辞法。常識的には両立しない二つの矛盾する表現をぶつけることによって新たな意味を作り出すレトリックだ。たとえば「公然の秘密」とか「黒い光」とか、そういう表現のことを言う。「good lies」もそのうちの一つ。つまり「Bittersweet」は、そういう矛盾語法を駆使した曲であるということを示すためのタイトルになっている。

それを踏まえると、この曲が何について歌っているのかが、ようやくハッキリする。
ソーシャル・メディア以降の誰もが発信者となった今、何が正しいか、何が間違っているのか、何が善いことで何が悪なのかを一つ一つ腑分けすることは、本当に難しい。ほとんど不可能と言っていいと思う。一人のリーダーに導かれるのではなく、一つの大きな物語やシステムもとうの昔に後退し、それぞれが思い思いに自分自身の意思と感覚に従って行動し、それがネットワーク化されて一つの巨大な力として立ち上がるようになった2011年。誰もが自分自身の「good」=「正義」を掲げ、それとそぐわないものを「lies」=「嘘」として退ける。そういう個人の価値観がカオスのように入り混じり、混濁する社会。すなわち『A World Of Pandemonium』(=大混乱の世界)。でも、大丈夫。だってそこでもカゲロウは孵化することができるから。それが、この曲で歌われていることだ。


***


ズコッティ公園を離れ、再び地下鉄に乗ってタイムズスクエアに向かった。

街は、ホリデイシーズンを前にした喧騒に沸き返っていた。辺りを囲むビルには巨大な電光掲示板がとLEDスクリーンが何面も設置され、賑やかな広告が夜を照らしていた。目がくらむような眩しさ。僕にとっては、もちろん初めて訪れる場所だったけれど、ふと、何故か見知った場所のような気がした。そこは渋谷・ハチ公前のスクランブル交差点だったし、新宿・歌舞伎町のコマ劇場前広場だった。

通りには人があふれ、クラクションが鳴り響いていた。いつの間にか背負っていたカバンの重みを強く感じ、自分がひどく疲れていることに気付いた。ヘッドフォンを装着して、この曲を聴いた。

ひょっとしたら、この先、混沌を前に砂を噛むような気持ちに包まれることもあるかもしれない。嘲笑と悲観と無関心のノイズに心が削られるような思いをすることもあるかもしれない。でも、きっと大丈夫。そういう時のために、the HIATUSの音楽から受け取った「Hatching Mayflies (in brackish streams)」という言葉を、おまじないのように持っておこうと思う。







A World Of PandemoniumA World Of Pandemonium
(2011/11/23)
the HIATUS

商品詳細を見る

(※)

ジャーナル「Knowledge Chair 」
http://www.facebook.com/pages/Knowledge-Chair/241006122608324?sk=info

http://twitter.com/knowledge_chair

に寄稿した文章です。


RADWIMPS『絶体絶命』にまつわる、一つの思い出話

Posted on


絶体絶命(通常盤)絶体絶命(通常盤)
(2011/03/09)
RADWIMPS

商品詳細を見る


いよいよ発売された、RADWIMPSの『絶体絶命』。試聴用の音源が届いて以来何度も繰り返し聴いてきたが、本当に凄まじいアルバムだと痛感している。

“DADA”“狭心症”という先行シングル2曲を聴いた時点の予想としては「戦慄のアルバムになるはず」――と思っていた。前作『アルトコロニーの定理』収録の“おしゃかしゃま”で発明した「ロックバンドとしての新しいサウンド構造」の先をいくような曲が並ぶアルバム。うわぁ!すげえ!ヤバいヤバい!と、目を丸く見開いてゾクゾクしてるうちに聴き終えてしまうようなアルバム。もちろんその予感は120%当たっていた。でも、アルバム全体を聴き終えた感触は、“戦慄”というものとは、ちょっと違ってた。ラストトラックの“救世主”がすごく感動的で、優しさに包み込まれた感覚があった。アルバムは、最後の最後で「生」を肯定するような内容だった。


papyrus (パピルス) 2010年 04月号 [雑誌]papyrus (パピルス) 2010年 04月号 [雑誌]
(2010/02/27)
不明

商品詳細を見る



ちょうど一年前に発売された『PAPYRUS』2010年4月号で、僕は特集「RADWIMPS野田洋次郎 インド 生と死を想え」の構成・執筆を担当した。その記事を担当するようになった経緯は詳しくは書かないけれど、それは(僕の人生の中でも1、2を争うくらい)とても奇跡的な偶然から生まれたものだった。インドでの七夜連続インタビューは旅に同行した編集部が担当し、帰国後のインタビューはそこに僕が加わった。旅をしたのは2009年の11月末から12月上旬。その頃、彼は(後に『絶体絶命』に収録されることになる)楽曲制作を行っている最中だった。

帰国後のインタビューは数時間に及んだ。「インドはどうでした?」みたいな簡単な話はあっという間に終わり、インタビューは必然的に深く根源的な話題へとうつっていった。インドの人達に感じた本能的な純粋さ。日本で暮らすことの自由さと、その内奥にある不自由。目の当たりにした“生と死”によって彼の死生観がどう揺さぶられたか。最後の方では「人はなぜ生きるのか」というような、普段のインタビューでは間違いなく訊かないような巨大な問いについてまで、尋ねた。

今の僕にとって“生きる”ということが何なのかというと、それは生きるということを“考える”ことなんです。


言葉を慎重に選びながら、彼はそう答えてくれた。「まあ、もっと純粋な答えを言っちゃうと、“わからない”ってことなんですけれどね」と、笑いながら付け加えた。

そして、一年後。

彼の言葉が鮮明に自分の中に残っていたから、届いたアルバム『絶体絶命』を聴いて、僕はすごく腑に落ちたような気持ちになったのだ。


(※先日のエントリではきちんと書かなかったけれど、『音楽と人』2011年4月号でのRADWIMPS『絶体絶命』のロングレビューでは、そういう経緯から感じたアルバム評を書いています。)


音楽と人 2011年 04月号 [雑誌]音楽と人 2011年 04月号 [雑誌]
(2011/03/05)
不明

商品詳細を見る



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。