日々の音色とことば:

移転しました。新URLはhttp://shiba710.hateblo.jp/です。ここは更新されませんがアーカイブを置いておきます
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谷垣自民党総裁就任

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自民党の総裁に谷垣禎一氏が就任した。

今回の総裁選は盛り上がらなかったというけれど、個人的には以前の記事にも書いた通り、かなり注目していた。ポイントは「自民党がどういう方向性を持った野党になるか」ということ。民主党は政権交代を果たしたけれど、このまま誰もかれもが「勝ち馬にのる」だけでは二大政党制は実現しない。そのためには「もう一つの軸」が必要で、自民党が果たしてその受け皿になるかどうかという分水嶺になる総裁選だったと思っている。

「もう一つの軸」というのは、つまりは再配分を重視した「大きな政府」としての政党(=現在の民主党)と、それに対しての規制緩和による自由市場を重視した「小さな政府」としての都市型の政党だと僕は思っている。どちらの考え方がいいかというのは、人それぞれによるだろう。正直僕自身も立場や考え方を決めかねているところはある。スウェーデンや北欧諸国のような福祉重視の国を目指すのも魅力的だと思うし、不必要な規制が社会を固定化させているという新自由主義的な考え方にも納得できる部分は大きい。ついでに言うと「小泉改革が格差を拡大した(だから今は小泉改革的な考え方はNGだ)」というような、マスコミを中心に流布しているイメージは、まさに「勝ち馬にのる」だけの中身のないものだと思う。それぞれのポイントでの反省や見直しはあるべきだけれど、「小さな政府と市場社会を志向する考え方」自体はあっていい。

そして、何より大事なのはそういう考え方やビジョンを投票によって「選べる」ことだと思う。僕は別に議員や候補者と繋がりはないし、どこかの政党に投票すると自分に利益があるというわけではない。従来の考え方でいえば「無党派層」ということになると思う。ただし、投票するということにあたっては、せめて自分の一票に、自分の意志を(それなりに)託すことのできるものであってほしい。そう考えている人は僕以外にも多数いると思う。既存のメディアや政治家の一部は選挙があるたびに「風が吹いた」という表現をしているけれど、そのエネルギーの根幹となっているのはそういう意識だと思う。それが郵政選挙では小泉フィーバーをもたらし、今夏の総選挙では「自民党にお灸をすえる」という形で働いたのだと思う。「風」のように根を持たず揺らめいているように見えるのは表層だけなのではないだろうか。

で、そういう考え方をもとに谷垣氏の総裁選出のニュースを見ると、正直言ってとても残念ではある。掲げたのは「全員野球」と「政権奪取」と「地方再生」。なんというか、変わり映えしないよなあ、というのが印象。民主党と比べても、選択肢の軸がどこにあるのかわからない。今まで通りを志向して、とにかく前に戻ればなんとかなるだろうという考えが反映されている気がする。そして、たぶん、なんとかなることはないだろう。時計の針が巻き戻されることは、ない。

ザ・選挙/2009年総選挙分析(2)みんなの党の得票構造に見える自民党の未来

上の記事で書かれていることにはデータの分析含め、非常に説得力がある。興味深い。
 

次の総裁が誰になるにせよ、自民党の支持者をこれ以上奪われないために、みんなの党対策は重要となる。できればみんなの党を丸ごと吸収し、改革派にも十分な発言権を与える政党として再出発を図るのが良いだろう。この際に、これまでの自民党政治の悪い点、古い点を修正し、党改革に不都合な一部政治家にはご退場願うのが、当然の道である。ついでに古い自民党のイメージは国民新党にでも被ってもらえればよいだろう。

 しかし、党内の老人たちがそれを許さないというのなら、政策刷新と世代交代を訴える自民党議員はみんなでみんなの党に脱出すればよい。汚された自民党ブランドと、しがらみという名の負債を、それを負うべき人々に負わせるのが、一番手っ取り早いはずである。


果たしてそうなるだろうか。そうなったらいいだろうな、という風にも思う。少なくとも、政党同士の間に、今の社会の現実を反映した「まともな対立軸」があってほしいと願う。

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民主党政権への最初の落胆

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首相会見の出席枠拡大 民主党が記者クラブに申し入れ(J-CASTニュース)


新聞が書かない民主党の「公約破り」(山口一臣の「ダメだめ編集長日記」)


歴代民主党代表が約束してきた「政府会見を記者クラブ以外のメディアにも開放する」という方針が一部メディアの圧力と党内守旧派によって握りつぶされたという事実である。数時間後に行われるであろう新内閣発足の記者会見も閣僚の会見も、「民主党革命」といえる今回の政権交代を象徴するかのように、本来はすべてのメディアに対して開放されるはずだった。それが直前に撤回され、従来どおり官邸記者クラブである内閣記者会に対してのみ、行われることになりそうなのだ。



総選挙の日の更新で、「政治のディスクロージャーとガバナンスが回復するというのなら、それは歓迎すべき方向性だと思う。」と僕は書いた。いろんな人がいろんな思いや考えを今回の政権交代に重ねていると思うが、僕が期待していた最大のポイントはそこだった。「情報公開=ディスクロージャー」によってオープンとフェアネスが担保されるならば、必然としてチェック機能が働くようになっていく。

ちょっと大袈裟な話になるかもしれないけれど、人々の意識の中に「オープンになること」が基本的なマインドとしてセットされる世の中になるならば、もう少しみんな生きやすくなるのになあ、と思ったりしている。勿論それにあたっては数々の困難もあるだろうし、特に今まで情報をコントロールすることによって既得権益を得てきた人や集団(=記者クラブ)は、大きな反発を示すだろう。けれど、他者を縛るために用意した鎖は、いつのまにか自分自身を縛っていく。そんな気がしている。

だからこのニュースは、正直、僕にとっては大きな落胆だった。まだ正式に内閣が発足してない段階の話であるから、これから変わっていくことを期待したい。


自民党の三つの道

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自民党総裁選に河野太郎氏が立候補するらしい。

●民主党よりも、むしろ自民党がどういう方向性を持った野党になるかのほうへの期待が高い。今までは個々の政策方針やビジョンはバラバラで、「政権党であること」のみがそれを繋ぎとめていた感じがあったから(むしろ今の民主党にそうなる危惧が)。細川政権のときの野党っぷりも結局政局志向でしかなかったけれど、民主党の大きな政府路線に対しての、小さな政府と市場社会を志向する軸は必要なんじゃないかと思う。ネガティヴキャンペーンに躍起だったネット右翼周辺とはもう手を切ったほうがいいんじゃないかな。



と総選挙後に書いたけれど、どうやら「自民党がどういう方向性を持った野党になるか」は見ていると三通りの勢力があるようだ。

一つは、「今まで通り」を志向して、とにかく元に戻ればなんとかなるだろうという考え。一つは、よりイデオロギッシュな保守志向。日教組とかを敵視している勢力。そしてもう一つが小さな政府と市場社会を志向する、いわゆる改革志向だ。それぞれがどういう趨勢を得るか見守っていこうと思う。


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