日々の音色とことば:

移転しました。新URLはhttp://shiba710.hateblo.jp/です。ここは更新されませんがアーカイブを置いておきます
kokuchi.jpg

スポンサーサイト

Posted on

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


ポップソングが「閉塞感」ではなく「楽しさ」を共有する時代へ

Posted on

20140647b.jpg


■「今はそれほど悪くない時代みたいだし」



久々にブログ更新します。今日の話は、ここ1〜2年になって、J-POPから読み取れる“時代の空気”のようなものが変わってきたんじゃないか?という話。これはもう肌感覚の話なのでもちろん違和感ある人はいると思うんだけど、一言でいうならば、ポップソングが「閉塞感」を共有していた時代が、いつのまにか終わっていたんじゃないか?ということについて。

「不安」から「楽しさ」へ。
「苦悩」から「ハッピー」へ。

そういうマインドの転換が、2013年から2014年にかけて、起きつつあるんじゃないか、という話です。

明確な兆候は、これ。チームしゃちほこの「いいくらし」



曲調がもろにアシッドハウスだったり、大サビでTRFの「EZ DO DANCE」をぶっこんできたり、かなり語りどころの沢山ある曲。その元ネタについてはnoteのほうにも書きました。

チームしゃちほこ「いいくらし」/「いい」はエクスタシーの「E」|柴 那典|note
https://note.mu/shiba710/n/ne9b2b8e293bc

そのへんはおいといて、象徴的だと思ったのが、歌詞。

それほど悪くない 時代みたいだし
今はそこそこ あとは伸びしろ
夢も希望も自分次第



「今はそれほど悪くない時代」。こういう言葉がアイドルの歌うポップソングに出てくるの、ほんの3〜4年前にはあんまりなかったと思う。

もう一つ象徴的なのが、この曲ですね。ファレル・ウィリアムス「ハッピー」。この曲のチアフルなムード、周りを引き込むような力は、ちゃんと日本でも共感と共振を生み出した。「楽しさ」が感染した。原宿でも、福島でも。





ダイノジの大谷ノブ彦さんとも、この曲について語ってます。
いつでも14歳にしてくれるナンバーは?[2014 SPRING #1]|心のベストテン|大谷ノブ彦/柴那典|cakes(ケイクス)
https://cakes.mu/posts/5767


そこでも語ったけれど、たぶん、このムードに直接的につながる曲は、やっぱり、2013年を代表する曲の一つになったAKB48「恋するフォーチュンクッキー」だと思うのだ。

(いろんなバージョンがあるけど、メンバーとAKBスタッフのバージョンを除くとこの「サマンサタバサグループSTAFF VER」が一番再生回数多いのね)

つい先日に発表された「2014年上半期カラオケランキング」でも、この曲が1位でした。

2014年JOYSOUND上半期ランキング|JOYSOUND.com
http://joysound.com/ex/st/special/feature/ranking2014/

この曲の歌詞は、こう。

恋するフォーチュンクッキー!
未来はそんな悪くないよ
Hey! Hey! Hey!
ツキを呼ぶには笑顔を見せること

明日は明日の風が吹くと思う



「未来はそんな悪くないよ」「明日は明日の風が吹く」。2013年の後半からは、こういう歌詞の曲を日本中で歌ったり踊ったりしていたわけで、こうして見ていくと、去年あたりから「楽しさ」がJ-POPのマインドの中央値にセットされたことがわかる。

■アイドルソングと景気動向



こうして書くと、「楽しいのがポップなのは当たり前じゃん」とか言う人が出てくると思うので、比較対象を。同じくAKB48の「Beginner」。これが震災前、2010年10月にリリースされた曲。



歌詞はこう。

風はいつも通り過ぎて 後に何も残さないよ

チャレンジは馬鹿げたこと
リスク回避するように 愚かな計算して何を守るの?

僕らは生きているか?
明日も生きていたいか?



そして2009年10月にリリースされた「River」。



いつだって夢は遠くに見える
届かないくらい距離感じる

君の心にも川が流れる
つらい試練の川だ


秋元康という人は、時代の空気を読むことにかけては天才的な才能を持った作詞家だと思ってます。そういう彼が「風」という言葉を通して描くものが、「Beginner」と「恋チュン」では、まったく真逆のものになっている。

2010年のあたりは、「先行き不透明な社会」をベースに、そこでの不安や、サヴァイヴしていこうという意気込みや頑張りのようなものが、ポップソングを通して共有されるような時代だった。それが「Beginner」の「風」という言葉に表れている。でも「恋チュン」の「明日は明日の風が吹く」は、もっと楽天的だ。

閉塞感から楽しさへ。不安から楽観へ。そういう風に、市井の人たちが共感を集める回路が変わったんじゃないかと思う。

僕が思うに、ターニングポイントは、2012年の12月。簡単に言ってしまえば、「景気がよくなった」ことが、その理由だと思う。アベノミクスとかいろんなことが言われているけれど、端的にいえば、20年続いてきたデフレが解消された。そのことが、ポップソングのあり方にも大きな影響を与えている、という見立てです。

このへんのことは僕は専門家ではないのですが、経済評論家の田中秀臣さんがよく語っていることですね。

景気と女性アイドル、浮き沈みに意外な法則 :マネーHOTトピックス:マネー :日本経済新聞
http://s.nikkei.com/1gWQA0t


(※追記。こういう指摘がありました。)


確かに! 「でんでんぱっしょん」はでんぱ組.incにおいて「閉塞→楽しさ」への転換のキーになる曲な気がします。



これがリリースされたのが2013年5月。ちょうどその頃、プロデューサーのもふくちゃんと「景気が変わるとアイドルのあり方も変わる」という話をした覚えがあります。


■ポップソングの役割



アイドルの話にばっかりなっちゃったけど、そういえば、ミュージシャンとのインタビューの場でも僕は最近そんな話ばっかりしてる気がする。たとえば、こないだのBase Ball Bearのインタビュー。

Base Ball Bear |「僕は真ん中でいたいとずっと思ってた」――アルバム『二十九歳』と2014年の時代を巡る対話
http://www.nexus-web.net/interview/bbb3/

――ここからはちょっと大きな話をしようと思うんですけれど、2012年から2013年くらいで、日本の世の中のムードが変わった感じがあるんです。それはどう変わったかというと、端的に景気が良くなった。90年代初頭からの「失われた20年」がデフレの時代だったということがわかった。

小出 うん。

――それによって、ポップスの役割も変わりつつあると思うんです。閉塞感を共有するような役割が終わりを告げつつあるという。いわゆる「等身大」という言葉が効力を失いつつあるというか。

小出 それはわかりますね。

(中略)

やっぱり、それぞれ捉え方は違うけれど、同じように時代を捉えて作品を作っているんだなって思うんです。世間的なムードとか時代のムードを、肌で捉えて、誰よりも先に形にしていくという。

――そうなんですよね。

小出 そう考えると、ポップミュージックにそういうのは顕著に出てくるから。チームしゃちほこの“いいくらし”もそういう曲だし、ジャニーズWESTも“ええじゃないか”という曲を出したりとかしている。“ええじゃないか”という言葉が今出てくるのも意外と必然かもしれないと思ったし。やっぱり馬鹿にできないんですよね。



こちらは去年7月にやった取材。

高橋優 | 「景気が良くなろうが悪くなろうが人の闇は消えない」――2013年に高橋優が歌う意味と理由
http://www.nexus-web.net/interview/takahashiyu/

――2013年の東京に暮らしていて、社会のムードってちょっと変わってきたなって感じてるんですけれど。高橋優はどういう風に捉えている?

高橋 今はあながち悪くないんじゃないと思います。僕らの生活まで良くなってる感じはしてないけど、雰囲気的に今は悪くないんじゃないですかね。

――そうですよね。景気が良くなってる。週末の夜に新宿とか渋谷とか街を歩いてタクシーに乗る人の顔を見ることが多いんですけど、表情が変わってきてる。ここ数年ぐったりしてタクシーに乗る人が多かったんだけど、はしゃいでタクシーに乗ってる人が多くなってる気がする。

高橋 そうですね。そういう雰囲気なので逆に僕みたいな現状を歌おうとするシンガーは必要とされてないんじゃないの?って言われたこともあったんですけど。それならそれでいいかって思うんですよね。



時代のムードがいくら浮ついたものになっても、個人個人の心の中にあるモヤモヤは消えない。むしろ、ギラギラとした光が強くなったぶん、暗がりも深くなる。分断が生まれる。そこに寄り添ったり、掘り起こしたりすることも、アーティストとしての大きな役割だと思う。上記のインタヴューで、高橋優自身が「僕は靴で踏まれて地べたを這いずりまわってる側の人間だから」と、そういう決意を語っている。その必要性がなくなることは、決してない。

そのうえで、やっぱり思うのは、2013年になってデフレが解消されて、景気拡大期に入って「失われた20年」が本当に終わりを告げたのならば、それによってJ-POPのあり方にもで一つのモードチェンジがあってしかるべきだろう、ということ。たとえるならば、それは「ミスチルという時代」の一つの終わりということもできるんじゃないだろうか。

ミスター・チルドレンは92年にデビューをしている。バブルが崩壊した91年の翌年のこと。いろんなタイプの曲のあるミスチルだけれど、やっぱり聴いていてイメージするのは「現代社会の閉塞感」がキーワードになっている曲が多いな、ということ。代表的なのは「マシンガンをぶっ放せ」かな。

見えない敵にマシンガンをぶっ放せ Sister and Brother
天に唾をはきかけるような行き場のない怒りです



「名もなき詩」もそう。こちらは社会風刺の形で表出するのではなく、閉塞が内面化されている。

あるがままの心で生きられぬ弱さを
誰かのせいにして過ごしている
知らぬ間に築いていた自分らしさの檻の中で
もがいているなら
僕だってそうなんだ



2009年には「終末のコンフィデンスソング」という曲も発表されている。

たまに不吉な夢見るんだよ
走っているのに進まない
ひょっとしたら実際に起きてることを夢の中で知らせるメタファーかも



こうして、ミスター・チルドレンというバンドは、桜井和寿という作詞家は、「不安や苦悩」をJ-POPのフィールドで鮮やかに描き、90年代と00年代を通して、巨大なアイコンとして君臨した。彼らは、ポップソングを通して「閉塞感」を共有する時代の、一つの象徴になった。

だからこそ、『[(an imitation) blood orange]』以降、ミスチルというバンドは、以前のあり方を続けていくかどうかの大きな岐路にたっているんじゃないか、と思ったりもしている。ウカスカジーとしての活動は、その一つの実験としての意味も持っているんじゃないかと勘ぐったり。もちろんこのユニットはサッカーというのが大きなキーワードだし、「日本代表公式応援ソング」として巨大なプロジェクトになっているわけだから、これは一つのうがった見方かもしれないけれども。



ともあれ、ポップミュージックの作り手って、時代の空気を先端で感じている“カナリア”のような存在だと僕は思っているわけです。作り手は敏感だから、時代のムードを肌で捉えて、誰よりも先に言葉にする。

そういう観点でJ-POPを見ていくと、いろんなところにリンクが感じられて、面白いなと思うわけです。
(※UPしてから読み返して、いろいろ言葉足らずな感じがあったので、後半加筆修正しました)


二十九歳(初回限定盤)(DVD付)二十九歳(初回限定盤)(DVD付)
(2014/06/04)
Base Ball Bear、RHYMESTER 他

商品詳細を見る



AMIGOAMIGO
(2014/06/11)
ウカスカジー

商品詳細を見る

スポンサーサイト

初音ミクとレディー・ガガの共演が必然だった件について

Posted on

■「世界を変えた」二組




アートポップ-デラックス・エディション(初回生産限定盤)(DVD付)(特別価格)DECORATOR EP (初回盤)





今日の話は、初音ミクがレディー・ガガのコンサートツアーにオープニングアクトとして参加するという話題について。ガガ本人のツイッター、クリプトン社のニュースリリース、そして各ニュースサイトで報じられてます。

数々の3DCGコンサートを実施している「初音ミク」ですが、アーティストのコンサートツアーへの参加は初となります。常に斬新な試みを続けるレディー・ガガとこのような形で関わることができ、大変嬉しく思っております。弊社そして「初音ミク」にとって、とても刺激的な期間になることでしょう。ファンの方々に楽しんで頂けるオープニング・アクトとなるよう、尽力して参ります。


クリプトン|「初音ミク」がレディー・ガガのツアーに参加!オープンニング・アクトとして北米16箇所で登場!
http://www.crypton.co.jp/cfm/news/2014/04/ladygagatour





初音ミク、レディー・ガガのワールドツアーに参加 北米16箇所を巡る - KAI-YOU.net
http://kai-you.net/article/4719


いやあ、これは胸熱! なんというか、個人的にはいろんな文脈が一気に交わって、「そう! そうなんだよ!」って机をバンバン叩きたいような感慨ひとしおです。去年の11月にダイノジ大谷さんのオールナイトニッポンに呼ばれたときにレディー・ガガと初音ミクについて熱く語ったときの記憶が蘇ります。





しかも『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』という書名の本を上梓したばかりのタイミングでこのニュースが飛び込んできたという。


初音ミクはなぜ世界を変えたのか?初音ミクはなぜ世界を変えたのか?
(2014/04/03)
柴那典

商品詳細を見る


まあ僕のことはどうでもいいとして、何はともあれガガ様大好きだし、思い入れのあるアーティストとカルチャーが交わるリンクが生まれて、しかもアメリカや海外に広まっていくというのは、ほんとに同時代に居合わせることができて幸福な体験だと思ってます。

で、一部のニュースサイトでは「異色コラボ」なんて言われてますが、僕は、これは必然の邂逅だと思ってます。3年前、2011年の12月からここに至るストーリーは始まっていた。livetune「Tell Your World」がドロップされた時から、レディー・ガガと初音ミクはリンクしていたと僕は思っています。その時に異様にテンションが上がってツイートしまくった内容のセルフまとめがこちら。

初音ミクとレディー・ガガにGoogleが見出した「ポップ・ミュージックの可能性」 - Togetter
http://togetter.com/li/228354






この二つの動画を見ると、「初音ミク」と「レディー・ガガ」を、Googleが同じ位相で捉えていることがわかる。ポップ・ミュージックの最先端の可能性がここにあると彼らは考えていたわけだし、それは今でも有効な話。

グーグルがポップ・ミュージックの「ポップネス」というのをどう捉えているかというと、それはすでに大手メディアによって与えられるものではなく、参加するというシステムが整備されることによって「立ち上がる」ものになっている、ということ。このCMで表現していたのは、レディー・ガガを支えているファン(=little monster)は「リスナー」ではなく「表現者」だということ。レディー・ガガも、初音ミクも、「参加することによって“ポップネス”が立ち上がるアイコン」として、一つの「ハブ」のような存在として、それが可視化され、広まっていった。つまり、どちらもソーシャルメディア以降の、情報環境が大きく変わったことを前提に立っているポップスターというわけで。

そして、ダイノジ大谷さんが言っているように、レディー・ガガはやっぱり「世界を変えた」んですよ。レディー・ガガはLGBTの権利のために戦い続けてきた。同性愛であることをカミングアウトしていた14歳の少年がいじめを苦にして自殺したことを受けて、2011年にオバマ大統領に直談判したりもしている。

そして、まだまだ途上だとは思うけれど、2010年代に入って、アメリカやヨーロッパ社会からは性的マイノリティを差別したり抑圧するようなムードは徐々に少なくなりつつある。マイノリティが息を吸いやすい社会に転じつつある。マックルモア&ライアン・ルイスの「Same Love」が同性婚が合法化されたLAのグラミー賞でパフォーマンスされたり、ロシアの同性愛宣伝禁止法に反対してソチ五輪の開会式に欧米主要国の首脳が欠席したりというは、その象徴だと思います。



で、初音ミクがどう「世界を変えた」のかについては、これは単行本のほうに書きました。こちらは一言で何かと言うと、クリエイティブのルールが変わったことの象徴になった、ということ。

本が発売されてから、ネットの匿名の反響の中では「世界なんて変わってねーだろ(笑)」的なコメントも、いくつか見受けられました。その人がそう思うなら、その人にとってはそうなのだと僕は思います。確かに僕自身ロキノンの出自なんで、大上段な言葉を使いたくなっちゃうクセはあるんですよね。でも、「世界」というのは、やっぱり社会とか政治の体制とか、そういう固くて大きなものをイメージしそうですが、僕はそれぞれの個人の視点や価値観から切り取ったアングルの集合体だと思っています。

■ZEDDからlivetuneへ



で、話を戻すと。

レディー・ガガがツアーのオープニングアクトに初音ミクを起用するのは、音楽的なところでも必然の繋がりがあったと思うんですよ。2012年に、レディー・ガガのオープニングアクトとして来日を果たしたのがZEDD。そして、2013年2月にリリースされたZEDDのデビューアルバム『クラリティ』に収録された「スペクトラム feat.マシュー・コーマ」をリミックスしたのが、「Tel Your World」を手掛けたlivetuneだったわけです。


Zedd - Spectrum (Lyric Video) ft. Matthew Koma


「スペクトラム feat.マシュー・コーマ(livetune Remix feat.初音ミク)」


『ARTPOP』にもZEDDはプロデューサーとしてがっつり参加しているわけで、そしてガガ様が日本のポップカルチャーに深い思い入れを持っていることは周知の事実なわけで。なので、今回のオープニングツアーの共演は、実現するべくして実現したコラボだと思うわけですよ。

気になるのは誰がバックをやるのかということ、そしてどんな曲をやるかということだけれど、個人的な希望としてはやっぱりここまでの経緯もあるし、世界を相手に打って出ることのできる才能だと思うし、アイドルポップに転じた新曲の「DECORATOR」も最高だし、livetuneのポップセンスとエレクトロ・サウンドを北米のガガファンに見せてやりたい気持ちです。



というか、kzにはプロデューサーとしてZEDDやMADEONに並んでガガの次作を手掛けるくらいの域まで行ってほしいと思ってます。まあ、クリプトン社にとっても、今回のオープニングは大勝負でもあると思うし、どんな形でも気合の入ったものを見せてくれるでしょう。

そして8月13日の来日公演! こちらに初音ミクが登場するかどうかは今の時点では未定だけれど、これはもう「期待高まる」と言いたい気持ちたっぷりですよ。

こちらからは以上です。


Vampilliaというバンドが凄いという話

Posted on

去年に「endless summer」という曲をきっかけに知って、そこから一気にハマったVampilliaというバンドについての話。いやあ、この人たち最高なんですよ。

vampillia.jpg


写真見ても一体誰なんだ?って感じだと思うんですけど。でも、曲を聴くと、すごくセンチメンタルで、儚くて、でも危うい凶暴さがあって、そこにすごく惹かれたわけなんです。



Vampillia 「endless summer」

で、いろんなところでこのバンド凄い!って言ってたら、彼らがアルバムをリリースするにあたって取材をしたり原稿を書いたりする機会が生まれて、それで書いたのが下記の原稿です。レーベルのプレスリリースなんかに使われてるはずだけど、ここにも載せようと思う。
いろんなタイプの曲があるけど、僕はBiSをボーカルに迎えた「mirror mirror」という曲が、ビデオクリップ含めて、すごく好きです。



Vampillia 「mirror mirror (bombs BiS)」 from 『The Divine Move』

―――――――――――

 初めてライヴを観た人は確実に目を丸くするはず。そして、単なるパフォーマンスだけでなく彼らの音楽が持つ“激情”のインパクト、喜怒哀楽の感情が一つになって奔流のように押し寄せるカタルシスの巨大さに不思議な感動を覚えるはずだろう。

 大阪を拠点に海外でも活動を繰り広げるブルータル・オーケストラVampillia。凶暴さと刹那的な美しさが同居する音楽性で話題を集めてきた彼らが、4月23日、いよいよ日本国内における1stアルバム『my beautiful twisted nightmares in aurora rainbow darkness』をリリースする。4月9日にはコラボシリーズ「bombs」として戸川純、BiSをボーカルに迎えた楽曲を含むミニアルバム『the divine move』もリリース。どこから見ても“異形”な存在でありながら何故か惹きつけられてしまう彼ら独自のポップネスが、いよいよ全貌を露わにしようとしている。

 では、果たしてVampilliaとは何者なのか? メンバーはVelladon、きこりの恋幟モンゴロイド、ギター、ベース、ピアノ、ストリングス隊、ツインドラムの吉田達也(Ruins)と竜巻太郎(NICE VIEW、TURTLE ISLAND)、新メンバーの真部脩一ら10人(ときにはそれ以上の)編成からなる。ステージ上では予測不能の破天荒なパフォーマンスが繰り広げられ、ドラマティックな楽曲が爆音で鳴り響く。その唯我独尊な音楽性と衝撃的なライヴは、各地で高い評価を受けていた。筆者が初めて観た時には、フロントのモンゴロイドが天井に吊り下がり、フロアに飛び込み、ピアノ×ヴァイオリン×轟音の凶暴なシンフォニーが繰り広げられていた。本当に度肝を抜かれた。

 結成は2005年。当初のメンバーには元ボアダムズの吉川豊人もいたが、バンドを率いるリーダーは「最初はそれ以外の全員がほぼ素人だった」と振り返る。最初から海外進出を視野にいれて活動してきた彼らは、アメリカやヨーロッパ、オーストラリアなど各地をツアーで回り、海外での音源リリースも実現させてきた。

 アルバム『my beautiful twisted nightmares in aurora rainbow darkness』は、そんなVampilliaが満を持して作り上げた、いわば最初の到達地点とも言える一枚だ。制作にあたっては、ビョークやシガー・ロスなど名だたる音楽家たちが使用したアイスランドのGREENHOUSE STUDIOにてレコーディング。同スタジオのオーナーであるヴァルゲイル・シグルズソンのラブコールのもと、プロデューサーにはビョークのリミックスも手掛けるベン・フロストを迎え、全曲を録音。ミックスは今作のリリース元であるVirgin Babylon Recordsの設立者world's end girlfriend が担当した。

 アルバムは、ストリングスとピアノの荘厳なフレーズと、ゲストに参加した「エレクトロニカの歌姫」ツジコノリコの繊細な歌声が響きあうタイトルトラックで幕を開ける。クラシカルな旋律と不穏なノイズが混じりあい、爆音とシャウトとデスボイスが鮮烈なインパクトを持って迫る。「ice fist」や「hiuta」などでは、オペラやミュージカルを思わせるような展開も見せる。そしてラストトラック「tui」は、悪夢からの目覚めを思わせるような、美しくも妖艶なピアノ曲だ。

 ブラックメタル、カオティック・ハードコア、ポスト・ロック、プログレッシヴ・ロック、アヴァンギャルド・ミュージック……彼らの音楽を形容するために思い浮かぶジャンル名は多岐にわたるが、実際、彼らが鳴らすのはそのどの様式にも当てはまらないサウンド。そして、その根っこの部分には確かなセンチメントが宿っている。「放課後の感じが好きなんです」と、リーダーは言う。実際、“音楽集団”としての彼らが持っているのは、バンドマンやアーティストとしての意識よりも、帰宅部の高校生が放課後に戯れ合っているような感覚のほうが近いのだとか。

 こうして独自の感性を磨いてきたVampilliaだが、1stアルバムのリリースと共に新たな展開もスタートしている。2013年からはメンバーに元相対性理論の真部デトックス脩一が正式参加。その真部が歌詞と歌メロを担当し様々なゲストアーティストを迎えてコラボレーションする「bombs」シリーズを開始させた。これはいわば、Vampilliaなりのやり方でJ-POPのフィールドを侵食する試み。「lilac (bombs 戸川純)」や「mirror mirror (bombs BiS)」など、フックに満ちたメロディと言葉は、不思議なほどのキャッチーさを持っている。

 また、この「bombs」シリーズの楽曲が収録される企画盤ミニアルバム『the divine move』には、ツジコノリコをフィーチャリングに迎え2013年晩夏に7インチリリースされた「endless summer」も収録されている。この曲の無垢なメロディは、とても胸に迫る。

 Vampilliaが鳴らすのは、儚く、グロテスクで、だからこそ心を鷲掴みにして離さない劇薬のような音楽だ。今の日本の音楽シーンにおいては、明らかに“異物”と言っていいだろう。でも、だからこそ新しいポップと成り得る可能性を持っている。
期待したい。


『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』序章公開

Posted on

4月3日発売の単行本『初音ミクは何故世界を変えたのか?』の発売に先立ち、序章を先行公開します。


9784778313968.jpg

初音ミクはなぜ世界を変えたのか?
(2014/04/03)
柴那典

商品詳細を見る


発売元の太田出版のページでは、EPUB版のダウンロードも行っています。

【電子書籍版 序章 無料配布中!】
『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』EPUB
→ibooksをインストール済のiPhoneやiPad、PCのEPUBリーダーアプリ等でお読みいただけます。
『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』MOBI
→.mobi 形式のファイルをダウンロードし、Kindle指定のメールアドレスに .mobi ファイルを添付して送信して頂くか、UEB経由でKindleにデータを入れることでお読みいただけます。




また、コンテンツ配信プラットフォーム「cakes(ケイクス)」でも序章の内容を先行公開しました。
https://cakes.mu/posts/5358
https://cakes.mu/posts/5359

実は、この「序章」で書いたことは、僕が以前にブログで書いた二つの記事が元になっています。

僕らは「サード・サマー・オブ・ラブ」の時代を生きていた - 日々の音色とことば:
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-533.html

砂を噛むような無力感と、それでも2012年が「始まり」の年になる直感について - 日々の音色とことば:
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-504.html

インターネットは音楽を殺さなかった。確かにCDというパッケージメディアの売り上げはこの10年ずっと低下しつづけたけれど、でもそれは決して音楽文化の衰退とはイコールにはならなかった。むしろそれは、新たなクリエイターが次々と登場し続ける「幕開け」の時代だった。そういうことを、この本では書いています。

「終章 未来へのリファレンス」では、時代の変化を先頭で体感していたクリプトン・フューチャー・メディア伊藤博之社長に、音楽とクリエイティビティの未来について、次の時代の価値観のあり方についてを語っていただきました。

単に「初音ミクのブームと現象を解説した」本ではなく、音楽カルチャーの新しいあり方が生まれた数年間をドキュメントする一冊になったのではないかと思っています。


序章「僕らはサード・サマー・オブ・ラブの時代を生きていた」



新しい「幕開け」がそこにあった



 二〇〇七年は、時代の転機となる年だった。
 少なくとも、日本の音楽カルチャーについては、間違いなくそうだった。そしてそれは、単なるブームや流行ではなく、ポップカルチャー全般や、暮らしや、社会のあり方や、人々の価値観の変化と結びつくものだった。
 この本では、そういうことについて、書こうと思う。時代の転換点にあった熱気について、そして、それがどういうところから生まれて、どういうところに向かっていくのかを、書き記しておこうと思う。

 初音ミク。
 この本で時代の象徴として取り上げているキャラクターが登場したのが、二〇〇七年の夏のこと。そのパッケージに描かれていた緑色の髪のツインテールの少女は、インターネットを舞台に生まれた新しいカルチャーのアイコンになった。

 発売から瞬く間にブームは広まった。
 歌声合成ソフトウェア、つまりはコンピュータに歌わせることのできる「VOCALOID」技術を用いたソフトとして発売された初音ミク。最初は誰もが単なるオモチャのように思っていた。ネギを振らせてみたり、カバー曲を歌わせてみたり。一発ネタのようなキャラクターソングも多かった。しかし、数ヶ月もしないうちに、完成度の高い楽曲が次々とネット上に登場する。様々なバリエーションやジャンルの楽曲が投稿され、曲の作り手は、いつしか「ボカロP」と呼ばれるようになっていく。

 音楽だけじゃない。ニコニコ動画を舞台に、イラストや動画など様々なフィールドの表現が生まれていった。ソフトウェアが発売された時に、最初に提示されたのは、三枚のイラストと、「年齢16歳、身長158cm、体重42kg、得意なジャンルはアイドルポップスとダンス系ポップス」というシンプルな設定のみ。だからこそ、ユーザーの想像力が自由にキャラクターを育てていった。

 クリエイターによる創作は相乗効果を呼びながら大きくなっていった。誰かが初音ミクで作った楽曲を公開すると、それにインスパイアされた別のユーザーが曲をアレンジしたり、イラストを描いたりする。歌ってみたり、踊ってみたり、動画をつけてみたり、歌詞を深読みした物語を書いてみたり。互いに引用しながら派生していく創作の連鎖が起こっていた。

 二一世紀のインターネットに、誰もがクリエイターとして名乗りを上げることができる場が登場した。プロフェッショナルな作り手ではなく、アマチュアのクリエイターによって作成された様々なコンテンツが、当たり前のように消費されるようになった。ネットを介して作り手同士の繋がりも生まれた。新しい文化が花開き、フィールドを超えたコラボレーションも次々と生み出された。
 言ってしまえば、それは「一億総クリエイター」時代への大きな入り口だった。そんな現象を説明すべく、「CGM(消費者生成メディア)」や「UGC(ユーザー生成コンテンツ)」という言葉も生まれた。
 アニメやオタクカルチャーとの関わりや「萌え」というキーワードで語られることも多かったボーカロイドのシーンだが、初音ミクは、あくまでDTM(デスクトップミュージック)、つまりコンピュータを使って音楽を制作するためのソフトウェアである。その核にあったのはメロディと歌声だった。

 〇〇年代には、ワクワクするような、新しい幕開けの時代があった。新しい文化が生まれる場所の真ん中に、インターネットと音楽があった。今となっては、沢山の人がそのことを知っている。多くの人たちがそのことについて語っている。
 この本は、それをもう一度、ロックやテクノやヒップホップ、つまりは二〇世紀のポピュラー音楽の歴史にちゃんと繋げることを意図したものである。初音ミクは、六〇年代から脈々と続いてきたポップミュージックとコンピュータの進化の末に、必然的に生まれたものだった。そういうことを語っていこうと思う。

「誰が音楽を殺したのか?」の犯人探しが行われていた二〇〇七年



 しかし、実は〇〇年代後半の日本の音楽シーンには、そんなワクワクするようなムードは存在しなかった。そこに漂っていた雰囲気は、新しい幕開けとは、ほど遠いものだった。僕自身は九〇年代末からロックやポップミュージックを中心に扱うメジャーな音楽雑誌やウェブメディアで仕事を続けてきた人間だ。なので、その時の音楽業界のムードはよく覚えている。
 音楽が売れない。
 〇〇年代の一〇年間は、そんな悲観論ばかりが繰り返された時代だった。

 九〇年代末にピークを記録したCDセールスは、その後右肩下がりの落ち込みが続き、二〇〇七年には全盛期の約半分の規模にまで縮小している。日本だけでなく、世界中で同じ現象が起こっていた。CD売り上げの退潮は単なる一時的な不況によるものではなく、構造的な問題であることが明らかだった。この先、音楽ソフト市場はゆっくりと縮小していくだろう。そんな見通しが、様々な人によって語られた。

 「これは、“終わりの始まり”だ」

 二〇〇七年当時、レコード会社を中心にした音楽ビジネスに関わる人間の共通認識は、そういうものだった。バラ色の未来図を思い描いている人は、ほとんどいなかった。諦めにも近いムードが、業界には漂っていた。

『だれが「音楽」を殺すのか?』

 これは、津田大介氏が二〇〇四年に刊行した書籍の題名だ。
 混迷する音楽業界では、CDセールス減少の犯人探しが、様々な場所で行われていた。そして、多くの場合、コンピュータとインターネットがその槍玉に挙げられた。
 コンピュータの普及で、CDに収録された音楽を、誰もが劣化なく容易にデジタルコピーできるようになった。インターネット上でそのデータを簡単に共有できるようになった。今となっては当たり前となった技術革新によって、音楽を巡る状況が大きく変わったのが、九〇年代末から〇〇年代前半にかけての数年間だった。

「無料で視聴できるものには、誰もお金を払わない」

 そう信じられた。だから、まずはCDのコピーを制限することが目論まれた。
 国内大手レコード会社数社から、悪名高い「コピーコントロールCD」(CCCD)が発売されたのが二〇〇二年のこと。音質の劣化や再生機器を故障させる可能性など、様々な問題を抱え、ファンやミュージシャンからの反発も大きかったCCCD規格は、約二年後の二〇〇四年にはほぼ消滅し、さらに二年後の二〇〇六年には、規格は完全に撤退する。

 「コピーを制限する」という方法論は、役に立たなかった。
 CCCDは、CDの購入意欲を回復させるどころか、ユーザーの音楽業界に対する信頼を失わせる結果にも繋がった。それでも、音楽産業は、デジタルコピーやネット上でのデータのやり取りを規制する動きを強めていた。ファイル交換ソフトなどで違法なコンテンツを入手することに法的責任を問う、いわゆる「ダウンロード違法化」が国会で審議され始めたのも、二〇〇七年の頃だ。その後、二〇一〇年には著作権法が改正され、違法コンテンツと知りながらダウンロードする行為は違法とされるようになる。

 一方で、二〇〇七年時点では、様々な大物ミュージシャンもインターネットがもたらした音楽を巡る環境の変化に対応した実験的な試みを行っていた。
 八〇年代から君臨してきたポップスターであるプリンスが「新聞のおまけ」として新作アルバム『プラネット・アース』を無料配布したのが、二〇〇七年のこと。また、九〇年代以降のロックシーンの先頭を走り続けてきたバンド、レディオヘッドが、「価格はあなたが決めていい」という形で新作『イン・レインボウズ』のダウンロード配信を行ったのも、やはり二〇〇七年。クリス・アンダーソンが『フリー――〈無料〉からお金を生みだす新戦略』を上梓し、基本無料で一部を有料化する「フリーミアム」のビジネスモデルを提唱する二年前のことだ。
 デジタルデータが「無料」になったら、あらゆるコンテンツ産業がビジネスとして成立しなくなる。その代わりに、コピーできない「体験」を提供するライブやコンサートの価値は高まっていく。二〇〇七年の時点で、すでにそういう見通しも語られていた。

「しかし、そうなった時に果たしてミュージシャンは生き残ることができるのか?」

 そんな問いも各地で繰り返されていた。活動を続けることのできるミュージシャンは、すでに知名度があり、音源を無料で配布できるような資金力を持っている一部の大物だけだろう、と考える人も多かった。既存のメジャーレーベルは力を失うだろう、そして、それによって無名の新人ミュージシャンが発掘されて脚光を浴び、活躍するような機会は失われていくだろう、とも語られていた。

 これは「終わりの始まり」だ。インターネットの普及が音楽産業を疲弊させ、カルチャー全体を衰退させていく。そんな風に信じられていたのが、二〇〇七年の風景だったのだ。

 しかし、現実は違った。インターネットは、音楽を殺さなかった。

 確かに、レコード業界をはじめとして、既存の音楽産業には大きなダメージを受けたところもあったかもしれない。しかし、そこから数年で音楽文化が衰退したかといえば、そうではなかった。結果として訪れたのは全く逆の風景だった。
 特に日本においては、海外には全く存在しない独自の音楽文化が数年間で瞬く間に拡大している。それを牽引したのは、新しい世代のクリエイターと、彼らが用いたボーカロイドというソフトウェアだった。

 もちろん、初音ミクが登場した当初に「新しい音楽文化がここから生まれる」なんて思っていた人は、ほとんどいなかっただろう。初期のブームはキャラクター人気として紹介されることも多かった。新しいタイプの「萌えキャラ」だと思われたり、芸能事務所がプロデュースしたバーチャルアイドルと並べて語られたりすることもあった。しかし、次第に、初音ミクというキャラクターそのものから、ボーカロイドを使って音楽を制作するクリエイター、すなわちボカロPに焦点が当たるようになる。それまで陽の当たることのなかった沢山の才能が頭角を現すことになる。

 最初は誰もが無名のアマチュアミュージシャンだった。

 そこから数年が経過し、ボカロPとして音楽を作り始めたクリエイターは、日本の商業音楽のシーンの中でも確固たる位置を占めるようになっていった。コミケや即売会イベントだけでなく、全国流通盤のCDをリリースし、小説を出版し、メジャーで活躍する歌手に曲を提供することも当たり前になった。
 ボーカロイドの歌う楽曲を集めたアルバムがオリコンチャートで一位を記録することもたびたびあった。カラオケランキングの上位にはボーカロイドを用いた楽曲が当たり前に並び、数々のCMや企業コラボにも起用され、イベントが横浜アリーナを満員にするようにもなった。
 その変化を牽引したものは、果たして、何だったのだろうか。


序章「僕らはサード・サマー・オブ・ラブの時代を生きていた」【後編】

新しい「遊び場」が生まれた年



 振り返ってみれば、二〇〇七年は、インターネットや音楽を巡る数々のサービスが生み出された年でもあった。

 二〇〇六年一二月に試験的なサービスを開始していた「ニコニコ動画」が、「ニコニコ動画β」として本格的に始動したのが、二〇〇七年一月のこと。
 リアルタイムのライブストリーミング(生配信)サービスを提供する「USTREAM」が、一般向けベータ版のサービスを開始したのが、二〇〇七年三月。
 また、世界中で数多くの有名アーティストがアカウントを持つ音楽の共有サービス「SoundCloud」は、二〇〇七年八月にベルリンでスタートしている。
 インターネット上で音楽をともに楽しむことのできる新しい仕組みが、世界中で同時多発的に生まれていたのが、この頃だった。
 振り返れば、YouTubeやTwitterが創業し、サービスを開始したのも、二〇〇五年や二〇〇六年の頃だった。音楽だけでなく、政治や経済の分野を含め、社会全体にとっても欠かせないインフラとなった数々のインターネットサービスが生み出されたのが、この頃のことだ。
 そして、今となっては笑い話のように思えるかもしれないけれど、それが登場した当初は、誰もがそれを新しい「遊び場」として捉えていた。

二〇〇七年とか二〇〇八年の頃って、みんなDIY精神が強かったんですよ。よくわかんない面白いものが転がってるから、それをどうにかして面白くしようぜっていう文化だったんですね。

(ナタリー「kz(livetune)×八王子P 気鋭クリエイター2人が語るネットミュージックの現在と未来」)

 こう語ったのは、本書でも後に登場する音楽プロデューサー、kz。livetune名義でも活躍する彼は、二〇一一年末にGoogle ChromeのキャンペーンCMソングとして発表され、初音ミクとボーカロイドを世界中に広く知らしめるきっかけになった楽曲「Tell Your World」の作り手だ。初音ミク発売直後の二〇〇七年九月にオリジナル曲「Packaged」をニコニコ動画に投稿し、二〇〇八年にいち早くメジャーデビューを果たして注目を浴びた、ボーカロイドシーンのパイオニアの一人でもある。

自分はまさに曲作り始めたばっかりなんで、もうやったるぜ! みたいな感じでした。まともな曲を作れるようになったらニコ動にアップするぞ! みたいな。



 学生時代にボーカロイドとニコニコ動画に出会い、その頃に見よう見まねで音楽制作を始めたという八王子Pも、二〇〇七年当時のことをこう振り返る。
 つまり、クリエイターたちがそこに見ていたのは、ビジネスや採算や、そういったこととは関係ない、創作と表現の「楽しさ」そのものだった。

 これは「終わりの始まり」だ――。あの頃、そんな風に語り、音楽の未来について悲観的な物言いをしていたのは、既存のシステムの中にいた大人たちばかりだった。
 ニコニコ動画に出会い、ボーカロイドに出会い、そこで動画サイトに投稿していたクリエイターたちは、みんな無我夢中で目をキラキラさせていた。そこには真新しい熱気があった。それこそ、livetuneの「Tell Your World」は、まさにその熱を形にしたようなアンセムだった。

僕はどっちかっていうと、あの頃はすごくポジティブなことを思ってました。面白いことがこれからいろいろできるじゃん、って。多分、それって、既存のシステムにいなかった人たちの見方なんですよね。システムの側にいた人からすると、無料で出されちゃどうしようもないだろってなっちゃうと思うんですけど。



 kzは、こんな風にも語っている。

二〇年おきに訪れる「サマー・オブ・ラブ」



 果たして、二〇〇七年に何があったのか。
 ボーカロイドが生み出した新しい音楽カルチャーとは何だったのか? ボカロPたちを駆動した原動力、ニコニコ動画という場が持っていたエネルギーとは何か? kzや八王子Pが語っていたような「無我夢中の楽しさ」は、まっさらな新しい場所で何か面白いことが始まっているというワクワク感は、何故生まれたのか。

 それを考えている間に、ふと、一つの巡り合わせに気づいた。それは、ひょっとしたら「サード・サマー・オブ・ラブ」のようなものだったんじゃないだろうか――。

 ロックやクラブミュージックの歴史には、二つの「サマー・オブ・ラブ」と呼ばれる時代がある。どちらも、カウンターカルチャーとしての新しい文化を生み出し、社会現象となった、熱気に満ちた時期を指す言葉だ。

 最初の「サマー・オブ・ラブ」は、一九六七年からの数年間。
 発祥の地はアメリカ西海岸、サンフランシスコ。ヘイト・アシュベリーという小さな街の一角だ。主役は当時のヒッピーと呼ばれた若者たち。
 背景にあったのは、当時泥沼化していたベトナム戦争への反戦運動や公民権運動だった。当時の社会への反抗精神が、そしてドラッグ文化がムーブメントの底流になった。一九六九年のウッドストック・フェスティバルには数十万人が集い、後世に語り継がれる数々の伝説が生まれた。そこには音楽があり、ロックが鳴っていて、熱気に浮かされた若者たちは、本気で世界を変えられると思っていた。ムーブメントの勢いはその後数年で途絶えるも、そこで生まれたヒッピーカルチャーの価値観自体は今もしっかりと受け継がれている。

 そして、その二〇年後。「セカンド・サマー・オブ・ラブ」と呼ばれるムーブメントが、八〇年代後半のイギリスで勃発する。テクノやアシッドハウスなどのクラブミュージックの勃興だ。もちろん、その名前には、一九六七年に始まったヒッピーカルチャーの再来という意味が込められている。ムーブメントの熱気はロックバンドにも飛び火し、ザ・ストーン・ローゼズやハッピー・マンデーズなどのバンドが世界的な人気を獲得する。
 六〇年代のヒッピーたちがLSDやマリファナに夢中になっていたのと同じように、八〇年代の若者たちはエクスタシーという新しいドラッグに夢中になっていた。そして、その背景にはサッチャー政権下で鬱屈する若者たちのエネルギーがあった。

 二つのサマー・オブ・ラブに通じ合うものは、何か。
 ひょっとしたら、それは単に音楽とドラッグの快楽が生み出した刹那的な盛り上がりだったのかもしれない。その時代、その時代の若者たちによる、移り気な熱狂だったのかもしれない。
 しかし、表層的なブームの内側には、常に社会の構造を変える「何か」があった。そう僕は考えている。そこにはDIY精神から生まれた新しいコミュニティとユースカルチャーがあった。そうして六〇年代にはロックが、八〇年代にはテクノやクラブミュージックが広まり、新しい音楽ジャンルとして定着した。
 大人たちには理解不能、それでも若者たちにとっては世界を変えられるかもしれないと本気で思う、そんなエネルギー。それが熱となって噴出する場所が、そこにはあった。

 一九六七年、一九八七年、二〇〇七年。

 偶然かもしれないが、そう捉えると、ちょうど二〇年おきの話になる。
 一九六七年のアメリカ、一九八七年のイギリスと同じように、二〇〇七年の日本のインターネットには「新しい遊び場」があった。そこには誰でも参加できる、小さな、しかし自由なコミュニティがあった。その中心に音楽があった。
 そう考えれば、初音ミクの登場が巻き起こした現象を「サード・サマー・オブ・ラブ」と見立てることができるのではないだろうか?

 僕らはサード・サマー・オブ・ラブの時代を生きていた。

 そう考えることで、二〇年おきに訪れる点と点を繋ぐことで、二〇世紀のポピュラー音楽の歴史と二一世紀のボーカロイドを繋ぐ一本の線を引くことができるのではないだろうか。

 六〇年代、八〇年代、〇〇年代。

 その三つの時代をまたいで、音楽とテクノロジーがどんな「新しい時代の幕開け」を切り拓いてきたか。そんな視点からボーカロイドとポピュラー音楽の歴史を語っていくのが、本書のアウトラインだ。
 初音ミクの発売元であるクリプトン・フューチャー・メディア株式会社の伊藤博之社長、開発を担当した佐々木渉氏、ボーカロイド技術の生みの親であるヤマハ株式会社の剣持秀紀氏をはじめ、ボーカロイドのカルチャーに関わる沢山の人たち、そして数々のクリエイターに、そういうスタンスから話を聞き、取材を重ねてきた。

 「まだ見ぬ未来から、初めての音がやって来る」。初音ミクの名前の由来には、そんな思いが込められていた。
 それから数年、かつての「まだ見ぬ未来」は、現実にどんな実を結んだのか。そして、この先にどんな未来が開けているのか。それを探っていこうと思う。


Perfume東京ドームで、たった一つ物足りなかったこと/アイドル音楽の「体験」はまだまだ新しくなれる

Posted on

perfume20131225.jpg

■最高なエンターテイメントの「さらにその先」のフロンティア



ちょっと前のことになるけど、今日は12月25日、Perfumeの東京ドーム公演「Perfume 4th Tour in DOME『LEVEL3』supported by チョコラBB」に行った時の話を。ライヴはそれはもう素晴らしかったわけなんだけど、だからこそ「その先」への思いが芽生えたという話。そして、Perfumeだけじゃなく、アイドル音楽のライヴ体験って、まだまだ進化する余地があるんじゃないだろうか?という話です。

まずはPerfumeのステージについて。詳しいレポはナタリーにもRO69にも載ってるので、観に行ってなかった人はそちらをご参照あれ。

ナタリー - Perfumeライブで思わず涙「東京ドームがホームになった」
http://natalie.mu/music/news/106550

Perfume @ 東京ドーム | 邦楽ライヴレポート | RO69
http://ro69.jp/live/detail/94733

まずは演出面。カンヌの受賞もあったし、ライゾマティクス展もあったし、NHKでも特集されてた。「スゴイもの見せてくれるんだろうな」という事前の期待は相当に上がっていたわけです。それでも今回のPerfumeのステージは、その高く設定されたハードルを軽々と超えるものだったと思う。

特に印象的だったのは、ドームの広さを存分に使った、縦方向の動きを活かした演出の数々だった。ステージセットと映像とが巧みに組み合わされて、ステージ上で歌って踊っている実体の「3人」と巨大な象徴としての「Perfume」が交錯するようなイメージが伝わってくる。

もちろん演出だけじゃなくて、のっち、かしゆか、あ〜ちゃんの3人の存在感も抜群だった。数万人のオーディエンスの熱を受け止めて掌握して、東京ドームの広い空間を完全にホームにしてしまうパフォーマンス。プロフェッショナルな歌とダンスと「これ、いつまで続くの?」な自然体のMCとのギャップも。「♪ソト、ウチ、ソト、ソト〜」を筆頭に数々の観客とのコミュニケーションも、あ〜ちゃんのエモくて熱いMCも。サンタ衣装も可愛かったよね。

そんなことを帰りにメシを食べながら友達と喋っていて、あれもこれもとライヴの感想を言い合ってたんだけど(こういうの楽しい)、ふと彼が一言もらした。

「でも、音、遠かったですね」

そうなのだ。あんなに最高なエンターテイメントだったのに、たった一つだけ物足りないことがあった。音響がイマイチだった。歌声は聴こえてくる。でもスタンド席で体感するサウンド自体は、どこか小さかったというか、遠かった。もっとキックが、ベースラインが下半身をズンズン揺らすくらい鳴りまくってほしかった。特に『LEVEL 3』はテクノポップからEDMへ軸足を移し、さらにその“先”を見据えたアルバムだ。鳴ってる音はバキバキのフロア仕様。だからこそ、それを鳴らす東京ドームのサウンドシステムに物足りなさを感じた、というわけなのである。

「まあ、しょうがないよね。ドームだし」

その場では僕はそんな風に返答した。友達も「こればっかりはしょうがないですよねえ」てな感じで返して、次の話題に流れていった。音が良くないと言ったって、当然、Perfumeの3人も、スタッフも、中田ヤスタカも誰も悪くない。PAエンジニアさんの責任でもない。コンサートや音楽イベントを考慮して作られていないスタジアムで、しかも屋根付きの場所で、「いい音」を望む方が間違ってるとも言える。それは正論だ。

でも。あれから一ヶ月近く経って、「しょうがないよね」がなんか心の中で引っかかり続けてるのだ。東京ドームは彼女たちが目指してきた場所で、それだけじゃなく武道館公演を成功させる数々のアイドルグループが登場してきた今、「その先」にイメージする場所で。そんな夢の場所が「しょうがないよね」というのは、なんだかすごく残念な気がする。

ちなみに。音響の専門家でもないしPAエンジニアの知識もないのであくまで僕の体感を元にした物言いなんだけど、そのPerfumeが2008年に公演を実現させた武道館は、比較的いいサウンドが実現できるハコになっている。

でんぱ組.inc、私立恵比寿中学、BABYMETAL... アイドルはなぜ「日本武道館」を目指す?(1/2) - Real Sound|リアルサウンド
http://realsound.jp/2014/01/incbabymetal.html

上の記事では武道館について「音がよくない」と書いているけれど、それはちょっと前のこと。

BOOWYの氷室京介が「ライヴハウス武道館にようこそ!」と言った80年代から90年代にかけては、上の記事通り武道館はかなり音の悪いハコだったと思う。あの場所も元々コンサート向けに作られているわけじゃない。天井で音が跳ね返って、ぐるりと音が回ってしまって、気持ちのよくない音場になってしまっていた。

それが、音響技術の発展のおかげで、武道館はいつの間にかライヴハウスやホールと(体感的には)遜色ない場所になっていた。実際、何人かのキャリアあるミュージシャンが武道館の「音の良さ」について語るのを訊いたこともある。BOOM BOOM SATELLITESの中野雅之さんがその裏付けを話してくれたこともある。

今って、PAやスピ一カ一の技術がどんどん進化しているんです。ただ、最終的な出音を決めるのは、PAエンジニアの感性と、バンドがコントロ一ルするバランスによるところが大きい。それが噛み合えば、すごく立体的なものになるし、意思疎通がないとただ音が出ている感じになってしまう。僕らの場合は、デビュ一の頃からずっと佐々木幸生さんというPAエンジニアの人にお願いしているのですが、彼はサカナクションのPAもやっていたりして。




BOOM BOOM SATELLITES × supercell対談 -インタビュ一:CINRA.NET
http://www.cinra.net/interview/2013/11/15/000000.php

武道館よりさらに大きなハコである幕張メッセで行われる数々の公演でもサウンドシステムに不満を持ったことはほとんどない。

なので、きっと東京ドームくらいの大きなスタジアムでも、この先の音響技術の発展で「しょうがないよね」が解消されるのではないか、数万人単位のベニューでも「いい音」が鳴らせるようになるんじゃないかと思う。もしくは新しく建設される国際競技場がそういう用途のハコになるのかな、とか。で、そういう可能性を実現させるのがPerfumeなんじゃないかと期待してる。とにかく、今の日本でスタジアムクラスの公演を打てるグループは多くはなくて、その中でもPerfumeは最も先鋭的な「音」にこだわったグループだからこそ、そのフロンティアを開拓する存在になるんじゃないか?と思っているわけなのです。

■ステレオ→サラウンドが更新するライヴ体験



そして、ここからは、もうちょっと突飛で現実離れした話。アイドルのライヴ体験って、サウンドシステムの考え方を更新したら、もっと今までにないものになるんじゃないの?って話です。ステージの上で鳴ってる沢山の音をステレオ2chにミックスすることに「狭さ」を感じるようになってきた、というか。例によってPAエンジニア的な知識はないのでプロの人からしたら「何言ってんだこいつ」的な物言いなのかもしれないけど、その辺はまあ目をつぶってくださいな。

そう思うきっかけになったのが、12月27日に観た渋谷慶一郎さんのコンサート「Playing THE END」だった。「THE END」の楽曲をソロのピアノで弾くという公演。会場レイアウトは、中央のピアノの周囲を客席が取り囲み、さらにその後方にスピーカーが配置された形だ。

前半はピアノ演奏のみだったんだけど、明らかに未体験ゾーンだったのが後半。中央のスピーカーからはピアノの音が、後方からは「THE END」の象徴でもあったノイズや電子音が響く。単なるサラウンドではなく、360度ピアノを囲むオーディエンスを「内」と「外」から音が包み込む。今までにない音響体験。




技術的に、予算的に可能かどうかは知らないけど、たとえばPerfumeの東京ドームもこんな風だったら最高だな―と思ったわけです。たとえばアリーナとスタンドのいろんなところにスピーカーやウーハーがあって、ドーム全体にバキバキの低音が響き渡って、センターステージにいる3人の歌声は中央から届く、というような。生演奏を主軸にしたバンドではなく、EDMやエレクトロニック・ミュージックに軸足を置いてるからこそ、「いろんな音がいろんな場所から鳴る」というトライが可能になるわけで。

そうそう、サラウンドといえばやっぱり去年のサカナクションの幕張メッセも鮮烈な体験だった。ドルビー完全協力の6.1chサラウンドライヴ。以下のレビューにも書いたけど、僕が「さすがだなあ」と思ったのは、公演が決して単なる新しい技術のデモンストレーションになっていなかったこと。5人の演奏する音はあくまでステージから届く。で、コーラスや残響がサラウンドスピーカーから響く。結果、「音楽の中にいる」感覚になる。

SAKANAQUARIUM2013 sakanaction ライヴレポート
http://www.nexus-web.net/live/future/sakanaction/


ブルーレイディスクの豪華版にはライターの布施雄一郎さんによるライヴの裏側のドキュメントを追ったテクストが載っていて、それを読むとサラウンド調整を担当したベースの草刈姐さんを筆頭にしたメンバー自身の試行錯誤で新しい音楽体験を生み出したことがわかる。


SAKANAQUARIUM 2013 sakanaction -LIVE at MAKUHARI MESSE 2013.5.19-(Blu-ray Disc)(初回限定盤)SAKANAQUARIUM 2013 sakanaction -LIVE at MAKUHARI MESSE 2013.5.19-(Blu-ray Disc)(初回限定盤)
(2013/11/13)
サカナクション

商品詳細を見る



話は戻るけど、オーチャードホールやシャトレ座で体感した渋谷慶一郎+初音ミク「THE END」公演も、10.2chサラウンドスピーカーを導入していて、それもすさまじい音響体験だった。前後左右だけでなく上下にも音の定位があって、「空間自体が鳴っている」という感覚になる。

なかなか言葉では言い表わせないんだけど、これは確実に新しい感覚だった。驚くほどの音への“没入感”が得られるというか。ライヴのエンタテインメントは様々な方向で進化しているけれど、ここにも確実にフロンティアがある。そしてPerfumeのような生演奏をベースにしていないアイドルグループは、そういうところに踏み出すことができるんじゃないかと勝手に思ってるわけです。

■サラウンドだけじゃない「多チャンネル化」

ちなみに。アイドルのライヴにおけるサウンドシステムの多チャンネル化は、何もサラウンドを目的にしてなくてもいいとも、思う。特に多人数のアイドルグループだったら、ユニゾンで歌ってもメンバーそれぞれの単独歌声が出るスピーカーがあったら面白いんじゃないか?とも思う。

そういうことを考えたのが、今年1月5日に観たでんぱ組.incのZepp Divercity Tokyo公演だった。ライヴ自体はそりゃもう良かったわけですよ。アルバム『WORLD WIDE DEMPA』は日本独自に進化したカラフルで高密度な「浮世絵ポップ」の結晶で、“でんでんぱっしょん”や“でんぱれーどJAPAN”を筆頭に、わちゃわちゃした沢山のフレーズが乱れ飛び6人がハイテンションで歌い踊る。いろんな音の情報が奔流のように浴びせられるステージなんだけど、スピーカーは2系統しかないから、それがぎっしり詰まってる感じで届く。バンドのライヴだったらそれぞれのプレイヤーの音が塊になって一体化してガツンと届くというのが醍醐味の一つなんだけど、グループアイドルのライヴって、もっといろんなところでいろんな音が鳴ってていいんじゃないかな?って思ったわけです。

それこそ沢山のスピーカーをステージに並べて、メンバーの色分けをそこに施して、でんぱ組.incだったら「未鈴スピーカー」とか「ねむスピーカー」、ももクロだったら「あーりんスピーカー」「れにスピーカー」みたいにね。もちろん全体のサウンドも聴こえるけど、そこからは特定のメンバーの声が聴こえるわけだから、推しのメンバーがいるファンは当然そこに集う。そういうのも楽しそう。


アイドルシーンは「戦国時代」と言われる時代をとっくに脱して「多様性の時代」になっている。だからこそテクノロジーが音楽体験を更新できる可能性はまだまだ沢山ある。そんな風に思ったりもするわけです。

与太話ですけどね。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。