日々の音色とことば:

移転しました。新URLはhttp://shiba710.hateblo.jp/です。ここは更新されませんがアーカイブを置いておきます
kokuchi.jpg

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音楽シーンの「00年代」

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先日の取材の合間に、MARQUEE編集長・松本さんと音楽シーンの動きについて、様々な興味深い話をする。内容は多岐にわたったけれど、書き留めておこうと思ったのは「90年代→00年代」の話について。

たとえば英米のロックやポップ・ミュージックのヒストリーを考えるならば、70年代、80年代、90年代にはそれぞれ固有のムードがあり、その間には「断絶」ないし「反発」がある。もちろん、日本においても、そう。そういうものが、90年代→00年代にもあるのだろうか?

今は2008年で、僕自身の実感を言うならば、何かが“切り替わった”というような変化の感触はない。特に海外を見ていると、新しいアートフォームが生まれたというよりも、リヴァイバルという“再解釈”が続いてきた印象がある。

ただし、「音楽を聴く」という環境については、00年代になってからドラスティックな変化が起こってきた。iPOD第一世代の発売は2001年。myspaceのスタートは2003年、YOUTUBEは2005年だ。どれも、あっという間にティーンエイジャーのカルチャーに普及した。iPODが“シャッフル”するリスニング体験は、CD一枚一枚をとっかえひっかえ聴いていた時代に比べると全く違うものだと思う。それに、ちょっと気になったバンドの音をmyspaceで視聴してみたり、YOUTUBEでPVを検索してみたりという行為も、当たり前のものになった。

だから、あえて言うならば、90年代よりもさらに「フラット化」が進んだ状況、あらゆる音楽が一つの箱の中におさまり、チャンネルを切り替えるだけでアクセスできる状況が「00年代」の音楽シーンなんだと思う。

先日から繰り返し書いている「18歳のときに受けたインパクト」論で言えば、そういうネット環境が「当たり前のもの」になった2003~2005年あたりに18歳だった層が、新たなシーンを切り開いていくような気がする。

そう考えると、RADWIMPS・野田洋次郎(1985年生まれ)の存在はなかなか興味深い。ここ数年のうちに、彼らのようなナチュラル・ミクスチャーなバンドたちが後に続きそうな気がしている。


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フラバルス、UNCHAIN取材

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配信限定で新曲リリース予定のフラバルスと、3月にファースト・アルバム『rapture』をリリースするUNCHAINをインタヴュー。

フラバルスの黒田晃太郎くんには、ここ数日ブログでも書いてきた「18歳のときに何があったのかが実は重要なんじゃないか?」論をぶつけてみました。

彼が大学に入学しようと東京に出てきた18歳の頃は、ちょうど90年代末の音響系とかポスト・ロックが持てはやされていた頃。それに対する“反発”もあって、ど真ん中の歌モノへと向かったんじゃないか、という話だった。

UNCHAINには、ここ数作のミニアルバムで変わってきた歌詞の話をもとに、“スタイルとしてのロックとブラック・ミュージックの融合”じゃなくて、もっと本質的な方向に向かってるんじゃないか?という話をしてみた。

いいインタヴューになったと思います。4月10日発売の『MARQUEE』に掲載予定。


SUMMERSONIC08、ラインナップ発表

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SUMMERSONIC 08

第一弾ラインナップが発表されましたね。今年のヘッドライナーはCOLDPLAYに再結成THE VERVE。なるほど、そうきたか、という感じ。去年がアークティック・モンキーズ/ブラック・アイド・ピーズ、その前がメタリカ/リンキン・パークだったことを考えると、久々の“大物UKロック・バンド”回帰になったわけだ。PRODIGYがTHE VERBEの後にメインでプレイするということは、クロージング・アクト的な位置付けなのかな。

さらにSEX PISTOLS、DEVO、PAUL WELLER、再結成JESUS & MARY CHAINと続く。そしてリストの下のほうにはアルバム1枚リリースしたばかりの新人バンドたちがズラズラと。イキのいい新人を出演させるのも、ベテランや復活組を出演させるのもサマソニの恒例だけど、さすがにこう並ぶと頭がクラクラしてくる。いったい今が何年なのか、時間軸がわからなくなるような感じ。豪華なのは間違いなく豪華なんだけれど、何かがポッカリと抜けているような感じもする。

その辺が何なのかは、ちょっとまだよく言い切れない感じ。ラインナップの追加発表を待ちます。


GQ JAPAN 4月号

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GQ JAPAN 2008年 04月号 [雑誌]GQ JAPAN 2008年 04月号 [雑誌]
(2008/02/23)
不明

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GQ JAPAN4月号の特集「吉本興業は社員も“笑える会社”ですか」で原稿を担当しました。個々の記事にクレジットはないですが、僕が担当したのは

竹中功氏(よしもとクリエイティブ・エージェンシー取締役 広報センター長)
中井秀範氏(よしもとファンダンゴ 代表取締役社長)
水上晴司氏(よしもとクリエイティブ・エージェンシー 代表取締役社長)
中多広志氏(吉本興業株式会社 執行役員 経営・財務戦略部長)
大下英治氏(作家/ジャーナリスト)

へのインタヴューなど。かなり力の入った特集で、実際に取材をさせていただく中で学ばさせてもらったことも多かったです。“お笑い”というだけでなく、コンテンツ・ビジネスの一つの強力な形を見せてもらった感じ。

関連記事:
笑いのプロに会う
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-7.html
コンテンツ産業の未来について
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-14.html


音楽シーンの「ナナロク世代」(2)

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昨日書いたことの続き。

いわゆる「ナナロク世代」を考えるうえで、もう一つのキーになりそうなのが以下の数字。

有効求人倍率&新規求人倍率 (asahi.com)
http://www.asahi.com/business/data/koyou102.html

四年制の大学の場合、“就職氷河期”のピークとなった99年に就職活動をしているのが、76年生まれの世代だ(もちろん、それぞれにズレはあるだろうけど)。その影響が、今になってこんな形で表れてきたりしている。

<引きこもり>最多は30~34歳 就職・就労きっかけで(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080222-00000122-mai-soci

30歳から34歳が受けた心の傷
http://anond.hatelabo.jp/20080223093706

実際に自分が大学生だった頃のことを振り返って考えてみる。確かに、就職はかなり厳しかった。少し前のバブル時代の話なんて嘘のような感じだった。会社説明会後に接待とか、内定拘束で海外旅行や旅館で宴会三昧とか。信じられないという感じ。代わりに渡されたのがその頃から普及し始めた「エントリーシート」で、講習会なんかに出かけると自己分析の必要性をとうとうと説かれたりする。「自分が何をやりたいか」「自分にどんな強みがあるのか」を客観的に認識するのが、就職の第一歩、みたいな。

上のエントリーに絡めて言うと、ここで必要以上に“自分探し”と向き合って、挙句就職に失敗したりしたら、そこで受けた「否定」は自意識にかなりの傷跡を残すはずだろう。その無力感は、トラウマになってもおかしくない。僕は、本当に運良く、あの時代を切り抜けることができたんだと思う。今はこうして仕事をしているが、ニートや引きこもりになっていたかもしれない自分の姿も明確にイメージできる。他人事ではない、という感覚がある。

もう一つ。だからと言って「バブル世代」を羨ましいと思ったことも、当時から無かったように思う。むしろ、そういう空虚な盛り上がりとホイチョイ・プロダクション的な消費文化を“軽蔑していた”というニュアンスが近い。昨年に公開された映画『バブルへGO!!』は観なかったし、同じ歳の友人や知人と話題になることすらほとんどなかった。そこには、ああいうメンタリティへの根本的な“興味のなさ”があったんじゃないかと思う。

そういうところをルーツにして、くるりやアジカンやサンボマスターや銀杏BOYZの表現が生まれてきたと考えると、同世代としては非常にしっくりくる。彼らはそれぞれに違うことを追求しているけれど、自らが鳴らすロックに「意味と必然」を宿らせようとしてきた――という点では皆共通している。その背景にあるメンタリティと、“30歳から34歳が受けた心の傷”“優越感ゲームへの軽蔑”は、まるでコインの裏表のように繋がってるんじゃないかと思う。


音楽シーンの「ナナロク世代」

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「ナナロク世代」という言葉がある。文字通り、1976年前後に生まれた人たちのこと。

この「ナナロク世代」という言葉、今まではネット起業家やエンジニアの世代を表すものとして使われてきた。代表的なところだと、2ch管理人/ニワンゴの西村博之氏(1976年生まれ)、はてな社長・近藤淳也氏(1975年生まれ)、mixi社長・笠原健治氏(1975年生まれ)あたり。

でも、最近よく思うのが、日本の音楽シーンにおいても「ナナロク世代」は独特の存在感を持ってるんじゃないか?ということ。特にロックバンド方面に絞ってピックアップしてみると、

くるり・岸田繁(1976年生まれ)
アジカン・後藤正文(1976年生まれ)
サンボマスター・山口隆(1976年生まれ)
氣志團・綾小路翔(1976年生まれ)
銀杏BOYZ・峯田和伸(1977年生まれ)
元SUPERCAR・中村弘二、いしわたり淳治など(1977年生まれ)

あたり。バンドメンバー達もほぼ同世代だ。

並べてみて思うことがひとつ。なんというか、厄介な世代なんだなあ、と思うのである。王道の“ロックスター”的カリスマがいない世代というか。そのかわり、文系/サブカルチャー的な自意識を持った表現者たちが多い。ヒネくれた感性から出発して、独自の方向を切り開いていく人たち。

どう書いても語弊のある言い方になってしまうけれど、何らかの共通点はあるよなあ、と思う。無理やりな言葉で言うと「90年代感」ということになるんだろう。バブル期の高揚が完全に終わり、地下鉄サリン事件と阪神大震災が起こった95年に17~19歳だった世代。思春期を終えたら閉塞感が待っていた、という世代。

ネット企業家を指す本家の「ナナロク世代」という言葉では、大学に入学した頃にWINDOWS 95が発売され、インターネットが普及したのが大きい――と語られることが多い。

それと同じように、音楽やカルチャー・シーンでも“95年”が一つのターニングポイントになっているんじゃないか、と思う。


CDジャーナルL2008年3月号、ロッキング・オン・ジャパン2008年3月号

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CD Journal (ジャーナル) 2008年 03月号 [雑誌]CD Journal (ジャーナル) 2008年 03月号 [雑誌]
(2008/02/20)
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ROCKIN'ON JAPAN (ロッキング・オン・ジャパン) 2008年 03月号 [雑誌]ROCKIN'ON JAPAN (ロッキング・オン・ジャパン) 2008年 03月号 [雑誌]
(2008/02/20)
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そういえば、いろいろ雑誌が届いていました。
CDジャーナル3月号ではcruyff in the bedroomのインタヴュー、ロッキング・オン・ジャパンではSOFFetのインタヴューをやっています。

原稿にも書いたけど、SOFFetのニュー・アルバム『NEW STANDARD』は、とにかくモンパチとのコラボが珠玉の出来。届いた視聴用CD-Rを何の前情報もなく聴き流してた段階で「うわあ、やっぱこの歌はすげえなあ」と思った一曲。声の力、というものを思い知らされた感じだった。


BJORK@日本武道館

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ビョークの武道館公演に行ってきました。本当に素晴らしかった。圧倒的。『ホモジェニック』期の曲を多くやってくれたことも嬉しかったけれど、何より本編終盤「HYPERBALLAD」からアンコールの「DECLAIR INDEPENDENCE」に至る高揚感の塊のような展開が凄まじかった。まさにお祭り状態。ここ数作ではどちらかというと“静”、“内側”に向かったイメージもあったけれど、ライヴで体感する『VOLTA』以降の世界は全然それとは違っていた。

おそらく雑誌にライヴ評を書くことになるので、ここでは詳細な感想や批評を書くことはやめておきます。かわりに気になった情報をいくつかクリップ。

ステージ中央から下手のスクリーンにいくつか謎の楽器を操作する映像が映し出されていたんだけれど、あれは「Lemur」と「ReactTable」と「TENORI-ON」という最先端のシンセサイザーだったみたい。

ReactTableのデモ動画が、これ。円形の盤面の上にいくつもコマを置いていくことでリアルタイムで音を変化させていくというテクノロジー。仕組みはよくわからないが、かなり面白そう。



Lemurというのは、マルチタッチのタッチスクリーンによるインターフェース。これでラップトップを制御しているようだ。どうやら市販もされているみたい。製品紹介ページも見つかった。
http://www.jazzmutant.com/jp/lemur_overview.php


「Who is it?」で使用していたTENORI-ONは、ヤマハと岩井俊雄がコラボレーションで開発した次世代型のシンセサイザー。これもかなり直感的なタッチスクリーンのインターフェースを持っている。デモ動画はこれ。



“最先端のテクノロジーと古典的/民族的なアンサンブルの融合”というのはビョークがずっとやってきたことだけれど、相変わらずその嗅覚の鋭さはすごいなあ、と思う。


スカパラ取材

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ニュー・アルバム『PERFECT FUTURE』を完成させたスカパラの取材に行ってきました。

それにしても、ツアーに次ぐツアーの中で、いつこれだけの作品を作り上げる時間があったんだろう。アルバムはここのところのライヴ漬けの彼らの反動か、ちょっとゆるめの空気を持った作品。これまでの狂騒よりは、ムーディなスカパラになっている。といっても盛り上がりのポイントも沢山あるし、磐石といった感じ。

谷中さんは相変わらずダンディー。講談社新書の『生物と無生物のあいだ』という本を今読んでるみたいで、カヴァーもつけず帯がすりきれた本が無造作に机に置いてあって格好良かった。川上さんは買ったばかりのiPOD Touchがお気に入りみたいで、無邪気に自慢するさまは新しいおもちゃを手に入れた少年みたいでした。


レディオヘッド来日決定

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RADIOHEADの来日が決定しましたね。

2008年秋、RADIOHEAD来日決定!!
http://www.creativeman.co.jp/

時期は2008年秋、それ以外の詳細は近日発表とのこと。前回の単独来日が2004年の幕張メッセだったから……4年ぶりか。そして、秋に来日するということは今年はフェスでの出演はないみたい。どちらにしても、楽しみ。

そういえば、ちょうど今は、レディオヘッドのディスコグラフィーの原稿を書いていて、過去のアルバムを棚から引っ張り出して聴いているところ。改めて、『パブロ・ハニー』→『ザ・ベンズ』→『OKコンピューター』というそれぞれのアルバムの間に2年しか間が空いてないことに驚く。たった4年で、全く別物のバンドに化けている。その「4年」と、前の来日からの「4年」を比べると、同じ時間軸には到底思えないなあ。

いろいろとウェブを検索した中で、(ずいぶん前のやつだけど)興味深いエントリも見つけたので、クリップ。

Radioheadの『In Rainbows』と『OK Computer』に隠された謎:『01』と『10』
http://d.hatena.ne.jp/starocker/20071023/p1

確かに、リリース方法は音楽業界全体を揺るがすほど革新的だったけれど、『イン・レインボウズ』の音楽性自体は、レディオヘッドとしては意外なほどに保守的なものだった。新しい方法論をどんどん開拓しているいうよりは、「ああ、これがレディオヘッドだよな」と思える“良さ”。その理由が「『OKコンピューター』との補完関係」にあるとしたら、確かに納得かもしれない。


cruyff in the bedroom@下北沢QUE

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「Joy Ride vol.26 ~2nd Anniversary~」

cruyff in the bedroomとhurdy gurdyの2バンのイベント。仕事が押してて、下北沢QUEに着いたときにはhurdy gurdyはほぼ終演時刻でした。木村世治さんがまだZEPPET STOREをやってた頃にhurdy gurdyの取材したこともあったんで、すごく観たかったんだけど、残念。ごめんなさい。

クライフも、ライヴを観るのは本当に久しぶり。やっぱり”日本のキング・オブ・シューゲイザー”だけあって、彼らの鳴らす轟音の“味”は他のバンドとは一線を画したものを持っている。音はデカいんだけれど、包み込むようなあたたかさと、独特のゆらぎを持っている。どうやって、あの音を鳴らしてるんだろう? 終演後ステージに並べられたエフェクターを覗き込んでみたけれど、機材の数も配線も複雑すぎて何がなにやら(笑)。

セットは、新作の曲と昔からの曲とをおりまぜたような感じ。通して聴くと、新作の曲の華やかさを改めて感じる。新作はメロディや言葉の強さが前に出てきたことで、彼らの持つポップネスが一層増している。アルバムタイトルは『Saudargia』=「サウダージ」+「ノスタルジア」なんだけれど、後ろを振り返って懐かしんでる感じはあんまりしないんだよな。かといって“前向き”かと言うとそんな感じもなくて、あえて言うなら、眩しすぎて何も見えなくなってる“白昼夢”みたいな感じかなあ。

特にライヴだと、彼らのキラキラしたポップネスがダイレクトに伝わってくる。心地よく、音の洪水に埋もれさせてもらいました。

saudargiasaudargia
(2008/02/27)
cruyff in the bedroom

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MARQUEE vol.65

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MARQUEE Vol 65 マーキー 65号MARQUEE Vol 65 マーキー 65号
(2008/02)
不明

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2月15日発売の『MARQUEE』が家に届いてました。この号ではEL-MARO柚木さんのインタヴュー、BEAT CRUSADERS/SOFFet/monobrightなどのディスクレヴューを担当。

音楽誌にもいろいろあるけれど、『MARQUEE』は新譜のインタヴューが並んでるだけじゃなくてそこに毎号何らかの“位置付け”が施されてるところがすごく面白いと思ってます。なるほどなあ、と思うことが多い。今号だと、9mmと凛として時雨とミドリとSTANとマスドレを並べて「応援ソングは今いらない」という小特集がすごく興味深かった。アーティスト達はそれぞれの場所でそれぞれの考えで音を鳴らしているわけで、そのリンクを“言葉”にすることがメディアの仕事だよなあ、と思う。『MARQUEE』はそういうことをやってる雑誌なので、編集長の松本さんと仕事をするのはすごく楽しい。

あと、この号では□□□によるロッキング・オンJAPAN編集長・山崎さんの逆インタヴューがすごく面白かった。かなりの本音トーク!


HOT CHIP『MADE IN THE DARK』

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個人的には年が明けてから聴いた中でイチバンの新譜。すっかり書き忘れてたけど、ホット・チップのニュー・アルバム『MADE IN THE DARK』が素晴らしい。

メイド・イン・ザ・ダークメイド・イン・ザ・ダーク
(2008/02/06)
ホット・チップ

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前作の『THE WARNING』もかなり良いアルバムだったけれど、さらに一皮剥けた感じ。ここ数年のエレクトロとロックのクロスオーヴァーの中で、大概の方法論は出尽くしたような気がしていたけど、まだまだこんなサウンドがあるんだ、と目から鱗が落ちたアルバムです。

僕が最初に彼らの存在を知ったのは、去年のサマーソニックのちょっと前。ほとんど前知識のない状態でライヴを観たんだけれど、これが素晴らしかった。5人がまるでDEVOやクラフトワークのように一列にならんで、それぞれにアナログシンセやギターやMPCを演奏する。シンガーのアレクシスが美声で歌い上げる。がちゃがちゃしたガジェット・ポップとしての魅力と、メロディの強さが、他のバンド達とは一線を画したものを持っていた。

で、その後に取材でも会ったんだけど、ほんとにルックスが冴えないんだよね。特にアレクシスは、声はあんなにいいのに、見た目は100%オタク。今どき秋葉原行ってもなかなかいないよ?っていうくらいの眼鏡に、不思議な色使いのファッション。



こちらの「Ready For The Floor」のPVではまだオシャレしてる感じだけど、素は5人が5人とも冴えないオタク的ルックス。でも、それがいいんだよなあ。オタクとしての知性と感性が今までにない形のポップ・ミュージックに結実しているのが、ホット・チップの何よりの強みなんだと思う。

プリンス狂だというアレクシスの趣味を反映したのか、新作はよりソウル~ファンクに傾倒したサウンド。「We're Looking For A Lot Of Love」のようなバラード曲も多く収録している。もちろん、リード・シングルの「Ready For The Floor」や「Hold On」のようなエレクトロ・ディスコも切れ味は抜群。80sエレポップのキラキラした感触をベースにしながら、様々な音楽の要素をごちゃっと折衷している。

ロンドンではすっかり“ニュー・レイヴ”は終わったことになってるみたいだけれど、このバンドはその文脈からはスッパリ切り離されてどんどん評価を高めていくだろう。ニュー・レイヴはいわばファッション的な潮流だったけれど、ファッションと最も対照的な場所にいるのが彼らなのだから。

海外のメディアではかなり絶賛が集ってるようだけど、日本での状況はどうなのかな? まだ、そこまで火がついてないような感じもする。デジタリズムくらい売れてもいいのにな。


BOOM BOOM SATELLITES@新木場STUDIO COAST

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「BOOM BOOM SATELLITES JAPAN TOUR 2008」、2/16新木場STUDIO COASTにいってきました。

フジ・ロックや両国国技館などフェスやイベントの場では何度か観ていたブンブンサテライツだけれども、単独公演はかなり久しぶり。それだけに、ここ数年で彼らが成し遂げてきたことの「到達点」を見るような思いだった。

セットリストは新作『EXPOSED』中心。今回のツアーから中野はフライングVギターを使うようになっていて、この日もかなりの曲でフライングVを使っている。川島のギターもフライングV。で、楽曲の盛り上がりどころになると中野がステージ前方に駆け出してくる。川島と顔を見合わせたり背中合わせになったりして、ギターを激しく弾き倒す。こんな「ダブルフライングV」、他のバンドでは見たことない。今までに見たどんなステージより、彼らは”ロックスター”然としていた。

演出や照明もかなり凝っていた。ステージに設置されたひし形のLEDライトに映像が映し出され、それが緞帳のように上がっていきライヴがスタート。途中「FOGBOUND」では、再びステージにそれが下りてゆき、まるで檻のようにメンバーを囲む。映像には幾何学模様や激しい光の明滅、そして中野・川島の二人のアップなどがかわるがわる映る。聞いたところによると、カメラは10数台入っていたよう。

僕は2階席のバルコニーから観ていたんだけれど、客層もここ数年で随分変わってきた感じだった。”ロック”を求めてここに来ている人が随分増えた感じ。なんとなく、ステージ上手の「川島側」に多かった気もするな。逆に「中野側」はブレイクビーツ~ダンス・ミュージックとしてのアンダーグラウンドな彼らを愛してる人が集ってる感じで、上から見ると「FOGBOUND」のような昔の曲での盛り上がりが左右で違う感じで面白かった。で、やっぱり一番盛り上がっていたのは「KICK IT OUT」と「MOMENT I COUNT」。溜めて溜めて爆発する、というストップ・アンド・ゴーの感覚は、(音楽性は違うけど)エルレガーデンにも通じるものがあるなあ、と思った。

いいライヴでした。

EXPOSEDEXPOSED
(2007/11/21)
ブンブンサテライツ

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ちょうど18年前の今日の日記

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部屋の掃除をしていたら、大昔に自分が書いていた日記帳が見つかる。

nikki

開始日は1990年の2月15日。ちょうど、今から18年前の今日だ。当時の僕は14歳。中学2年生。ちょっと内容はここには書けそうもない。「中二病」という言葉の意味を思い知る感じ。中学生時代の自分がもし今の時代にいたら、たぶん嬉々としてブログを始めていたんだろうなあ。あの時代に今のようなインターネットがなかったことに感謝。

日記帳は100頁綴じの分厚いノートブック。それが3冊で、97年の9月まで続いている。大学生活の途中あたりだ。振り返ってみたら、ちょうどその頃にパソコンを買って、見様見真似で個人HPを作って日記をつけ始めたんだった。そう考えると、途切れ途切れになりながらも、14歳の頃から今までずっと「何かを書く」ということを続けてきたことになる。我が事ながら、ちょっとびっくりする。

読み返すのは恥ずかしいけれど、大事にしまっておこう。


DOPING PANDA取材

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ニュー・アルバム『Dopamaniacs』を完成させたばかりのDOPING PANDA、Yutaka Furukawaを取材。

相変わらずマシンガン・トークの彼だけれど、今作は特に気合いが入ってるみたいだった。アルバムがすごく刺激的な内容だったので、こちらも自然と熱が入る。新作は、もはや「ダンス・ミュージック+ロック・バンド」みたいな、「○○+○○」という方法論じゃもはや語れない感じ。もっとバラバラないろんな音楽の要素から高揚感のエッセンスだけを抽出して再構築したような感じ。今までのファンからしたら面食らう内容かもしれない。でも、すごくポップ。ポップだし、なんと言うか“興奮剤”みたいなアルバムだ。

インタヴューは、あっという間に終了。30分以上話してるはずのに、いつも彼との会話はあっという間な感じがするなあ。


「文学の触覚」展@東京都写真美術館

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「文学の触覚」展にいってきました。

文学の触覚


「文学の触覚」展
http://www.syabi.com/details/bungaku.html

場所は恵比寿ガーデンプレイス内の東京都写真美術館。展示自体は11月から行われていたもの。ずっと気になっていたところ、人から話を訊いて、「これは行かねば」と強く思っていたのだった。

お目当ては舞城王太郎+dividualによる、《タイプトレース道~舞城王太郎之巻》。彼の新作小説『舞城小説粉吹雪』が「書かれていく様子」をリアルタイムで体験するというインスタレーションだ。TypeTraceというソフトによって、舞城王太郎が自宅で執筆しているタイピングの様子が、逡巡や書き直しも含めて克明に記録される。それを再生することによって、彼が小説をどのように書いているのかを追体験することができるわけだ。

展示室にはソファーが置かれ、机には一台のマッキントッシュ。その前方にはソフトと連動して自動でキーが打ち込まれていくキーボード。そして大画面のスクリーン。再生する日時を選ぶと、キーボードがカタカタと音を立ててスクリーンに文字が映し出されていく。文字は、書くのにかかった時間に比例してフォントが大きくなる仕組みになっている。

舞城王太郎はとてもスピード感のある文章を書く作家で、僕がいま一番個人的に好きな小説家でもある。だから、それがどういう風に「打たれているか」は、すごく興味があった。特に、

僕は雲が好きだ。ゆっくりと形を変えて流れていく春の昼の軽やかな雲や、もりもりと膨れ上がって空からどしんと落っこちてきそうな夏の入道雲や、綺麗に並んで乱れず慌てず高いところに大きく広がって慎重に進んでゆく秋のうろこ雲や、青いキャンパスにふいいっ、すいいっ、と筆で薄く撫でたような冬の白く薄く儚げな平たい雲が好きだ。どんな雲も、いつまでも眺めていても飽きない。



という書き出しの部分。意外とすんなり書き始めたかと思うと、戻っては消し、形容詞を追加したり書き直したりしていくのを見るのは、とても面白い体験だった。ただ、全部見ると70時間以上かかるんだよなあ。さすがにそれは無理。

他の展示も、なかなか面白かった。白いボールを手に持って振ると加速度センサーに反応して言葉の羅列が画面をぐるぐると動き回る平野啓一郎と中西康人の作品「記憶の告白 -reflexive reading」。穂村弘の詩「火よ、さわれるの」が、かざした手の平の中に浮かび上がる「情報を降らせるインターフェース」もよかった。

印刷された紙媒体を読むだけじゃなく、様々な方法で文学を体感する試み。最先端のインターフェースが言葉そのものの刺激を再構築しているようで、とても興味深かった。

展示は2月17日(日)まで。


CDJ打ち上げパーティに行ってきました

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COUNTDOWN JAPAN 07/08の打ち上げパーティに行ってきました。

原宿の某レストランを借り切っての盛大なパーティ。マネージメント、レーベル、スポンサー、イベンターなどなどフェスに関わった沢山の人でごった返してました。一応僕も増刊号のライヴレポートを担当しているのでスタッフの端くれではあるんだけれど、どうもこういう場所、落ち着かないんだよなあ。数少ない顔見知りと挨拶して、あとはスミのほうでじっとしてました。パーティで人脈を広げるとか、そういうの、苦手。

ちょっと話はずれるけど、「カクテルパーティ効果」という言葉がある。人間の聴覚の特徴で、雑踏の中でも必要な音だけを聞き分けられるという機能を、人は自然に持っているらしい。脳が無意識のうちに雑音をカットするわけだ。どうも、僕はこの機能が若干弱いんじゃないか?と思ったりする。弱い、というのは語弊があるかも。一応、ちゃんと聞き分けることはできてる(はず)。でも、人の話し声や音楽や、そういうものが混じっているなかに長時間いると、ひどく疲れてしまう。なので渋谷だったりの雑踏を歩くときにはヘッドホンが自分を守るための必需品になってたりする。クラブやライヴハウスでいくら轟音を浴びても大丈夫だけど、たとえばクラブのバーエリアで大音量で音楽がかかってるなか会話するというのは、かなりキツい。こういうの、僕だけなんだろうかな? 

『COUNTDOWN JAPAN 07-08増刊号』では、Coccoなどのライヴレポートを書いています。ただ、文章を書いている自分が言っちゃダメだけど、こういう本は何より写真のリアリティだなあ。アーティストも参加者もみんないい顔をしていて、それが何より説得力を持っている一冊だと思う。


COUNTDOWN JAPAN 07/08 (カウントダウン・ジャパン) 2008年 03月号 [雑誌]COUNTDOWN JAPAN 07/08 (カウントダウン・ジャパン) 2008年 03月号 [雑誌]
(2008/02/09)
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m-flo『Award SuperNova -Loves Best-』

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Award SuperNova-Loves Best-(DVD付)Award SuperNova-Loves Best-(DVD付)
(2008/02/13)
m-flo、m-flo loves Akiko Wada 他

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1月売り号の『ロッキング・オンJAPAN』でも原稿を書いたけれど、改めて。あのときは実はイントロや中間のブリッジのない段階で書いてたので、ベスト盤の「仕掛け」については言及できないでいたのだった。「Loves」というコンセプトの画期性とかフリーキーさについてはもう充分すぎるくらい書いたつもりだけれど、アルバム毎にいちいちコンセプチュアルなストーリーを作ってくるのも、m-floのフリーキーな部分だと思うんだよなあ。今回はベスト盤ということで、教育番組風のオープニングとエンディングを挟んで、m-floの「LOVES」の歴史を辿っていくというスタイル。おふざけといっちゃおふざけなんだけど、こういうことを毎回やるって、実はかなりエネルギーが必要なんじゃないかと思う。もちろんベスト盤であるからして耳馴染みのある楽曲がほとんどなんだけれど、僕が彼らの音楽が好きなポイントは「編集能力のずば抜けた高さ」なので、こういうのは、素直に楽しめる。

m-floの二人には、まだ取材したことはないんだよなあ。是非一度会って話を訊いてみたい。


RAGE AGAINST THE MACHINE@幕張メッセ

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99年の苗場以来、9年ぶりのライヴ。

正直なことを言うと、実はRAGE AGAINST THE MACHINEの再結成と来日には、そこまで熱くなるような思いがあったわけではなかった。さらに言ってしまうと、00年代のザック・デ・ラ・ロッチャには「失望」に似た思いがあった。あの状況の中で、ロック・シーンの中でもっともステートメントを渇望されていた人間が、何故あそこで沈黙を選んでしまったのか。そういう思いがあった。ザックの脱退が2000年。トレント・レズナーとレコーディングに入っているという情報が流れたのが2002年。2003年、アメリカのイラク侵攻の直後にはDJシャドウと作り上げた「MARCH OF DEATH」を公式サイトで公開するも、その後ソロ・アルバムのリリースは延期に次ぐ延期。そして、2007年コーチェラでのRAGE AGAINST THE MACHINEの復活。じゃあ、この7年はなんだったのか?という気もしていた。

というわけで、そこまでガツガツと前に行くつもりもなくB1ブロックの真ん中くらいに陣取る。予定時刻から30分ほど遅れて開演。ステージに4人が現れ、音を鳴らす。

やっぱり、凄かった。「Guerilla Radio」から「People of the Sun」の流れで、否応なしに身体が動く。風邪気味で体調も悪かったんだけれど、容赦なくパワーを浴びせかけられているかのような感じ。AUDIOSLAVEのライヴを観たときには、悪いけれど、こういう感覚はなかった。やっぱり、この4人だとなんらかの化学反応が起こるんだな。

だいたい、冷静に考えればRAGE AGAINST THE MACHINEの鳴らす音はすごくシンプルだ。楽器はベース、ギター、ドラム。トムのギターはコードのストロークよりもリフが中心。それもエフェクターを駆使してギターらしからぬ音を繰り出してくる。なので、音の成り立ちとしては、スカスカに聴こえてもおかしくない。さらに言えばこの日の幕張メッセの音響はそこまで良くなく、全体がごちゃっとまとまって聴こえてくるような感じもあった。

けれど、そういう「分析」を瑣末なものにしてしまうのが、彼らのパフォーマンスなのだった。7年間のブランクがあったとは思えないステージ。アンコールの最後、「Killing In The Name
」を歌い終えたザックは笑顔で、4人はステージ上でスクラムを組んでいた。

新作を作るつもりはないらしいけれど、本当なのかな。僕には、「この4人でしかあり得ない」ということを再確認するための7年だったとしか、思えない。


セットリスト

Guerilla Radio
People of the Sun
Bombtrack
Testify
Vietnow
Bullet in the Head
Down Rodeo
Bulls on Parade
Tire Me
Know Your Enemy
Sleep Now in the Fire
War Within A Breath

(Encore)
Freedom
Killing In The Name


でんきグルーヴワークショップ

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2月から始まっている「でんきグルーヴワークショップ」が、すごい。


denki_groove


電気グルーヴのオフィシャルサイト(http://www.denkigroove.com/)がいつの間にかめちゃかわいい雰囲気に変わっていたことにも驚いたけれど、ホームページ上ではもっと驚きの企画が進行していた。4月2日発売予定のニューアルバム『J-POP』から、作成予定のデモ音源を徐々にUPしていくという試み。

ここ数年、発売前の音源のネット流出は音楽業界にとって大きな問題になり続けている。であるからこそ、特に大物のアーティストであればあるほどその管理は厳重になってくる。海外アーティストだと、そもそも視聴用の音源が配布されないことも多い。

たとえばシステム・オブ・ア・ダウンの『スティール・ディス・アルバム』は、レコード制作時のアウトテイク音源がネット流出したのを受けて、急遽リリースされたものだった。CD-Rを模したジャケットデザインも、タイトルも、それを受けて「公式ブート盤」のような扱いになっている。彼らの場合はタフなユーモア精神があるのでこういうリリースもできるわけだが、実際に広まっている被害は甚大なものがある。

スティール・ディス・アルバムスティール・ディス・アルバム
(2002/12/26)
システム・オブ・ア・ダウン

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で、電気グルーヴのやっていることは「どうせ流出するなら最初っからネットに公開してしまう」という手法。しかも、タイトルも明らかに仮のものっぽい。2月8日更新分の4曲では、「完璧に無くして」「Shonanacid」「半分人間だもの」「アルペジ夫とオシ礼太」。聴いてみると、まだパーツ段階のようなビートとシーケンスが鳴っている。ここからアルバムの全体像を読み取ることはまだまだ不可能だろうけれど、なんとなくの雰囲気は伝わってくる。

まだまだ推測なんだけれど、ひょっとしたら電気は、いまだかつてない「オープンな音楽」を作ろうとしているんじゃないだろうか? そう考えると、フジやライジングやCDJなどフェスの場で「ヒット曲連発」を解禁してきたことも繋がってくる。自分たちの過去の歩みを資産として受け入れた上で、音楽性というよりも別の角度から「新しいこと」にチャレンジしてるのではないだろうか? そんなことを思う。少なくとも2000年の『VOXXX』では、こんな試みはあり得なかっただろう。

どんなアルバムが出来上がってくるか、とても楽しみ。


モノノケダンスモノノケダンス
(2008/02/14)
電気グルーヴ

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繋ぎ止めるための言葉

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いろいろなことがあって、僕は唐突に思い出す。もしくは、ずっと前から気付いていたのかもしれない。忘れたふりをしていただけなのかもしれない。ここを通り過ぎる多くの人たちにとっては、意味不明な文章かもしれない。けれど、僕は何より自分のために、そのことを書き記しておこうと思う。

このブログを始めた日、僕はこう書いた。

「考えたことは、言葉にしなければ僕から逃げていってしまう」。

目覚めて、新聞を読む。テレビを観る。夜遅くまでネットを徘徊する。音楽を聴き、本や漫画を読み、友人や様々な人達と話を交わす。そうして、膨大な量の情報が、日々僕の身体に流れ込んでくる。それは時に刺激になり、時にエネルギーになる。その一つ一つについて、何かを感じ、何かを思う。けれど、それは、そのうちきっと忘れてしまう。丹念に言葉として記録していかなければ、思考の萌芽は泡のように次々と消えていってしまう。僕は、そういう風に考えて、そう書いた。

でも、それだけではなかった。

言葉は僕を繋ぎ止める。

何を感じ、何を思ったのか。それを書きとめていくことで、僕は地面にしっかりと両足を下ろすことができる。流れゆく情報はまるで風のようなもので、日々、様々な方向から空中を横切ってゆく。そしてそれは「感情」という力を含んでいる。たとえばワイドショーのコメンテーターのしかめっ面。たとえば炎上するブログのコメント欄。たとえばニコニコ動画で右から左へ魚群のように移動していく文字の群れ。無数の「これはすごい」「これはひどい」。その力に身を任せていると、そのうち自分の足がふわっと浮かんでいるのに気付く。バタバタと身体を動かしているつもりでも、ただ風に流されていくだけになる。

“衆愚”とか、そういう話をしたいわけじゃない。僕が考えているのは、僕自身のことだ。

何かを感じ、何かを思ったときには、最初はそれは不定形の塊のような形をしている。グッとくる感じだったり、ちょっとした違和感だったり、素直な賞賛だったり、なんとなくの嫌な感じだったり、する。それらの「気持ち」に、彫刻師が刀を振るうように丁寧に、言葉で形を与えていく。そうすることで、僕は自分を繋ぎ止めることができる。不定形の塊としての「気持ち」がそのまま集積してなんとなくの「ムード」を作り上げても、その海に碇を下ろすことができる。その中で立つことができる。代替可能な情報や感情の容れ物としてではなく。

僕は、そういうことを思って、文章を書いている。


9mm Parabellum Bullet@渋谷クラブクアトロ

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9mm Parabellum Bulletのライヴに行ってきました。


9mm


ここ半年で3回ほど彼らのライヴに足を運んでいるんだけれど、観るたびに新しい発見のあるバンドである。ファースト・アルバム『Termination』をリリースして以降も、バンドはどんどん進歩している。

それだけでなく、今回とても印象的だったのは、いつのまにかフロアの雰囲気が色濃く変わっていたこと。前はもっと殺伐としていたというか、荒々しいムードが感じられたんだけれど、ずいぶんと連帯感に満ちたものになっていた。ステージとのフレンドリーなコミュニケーションも前より随分多くなってた感じ。

そういえば、新曲も2曲やってた。タイトルはまだ言ってなかったけれど、後にやってた曲は、まるでアイアン・メイデンみたいなツイン・リードのギターがやたら格好いい。相変わらずメタルだなあ、と思う。フロント3人のヘッドバンギングもあったし。

ただ、メタルだのパンクだのという言葉で9mmの音楽を語れないなあ、という気もする。彼らのライヴを観ると「激しい」という言葉の意味が更新されていくような感じがするのだ。単にデカい音を出せばいいわけじゃなく、単に速い曲をやればいいわけじゃなく、同じ時間軸に込める「情報量の密度」の次元が違う感じ。ステージの上で菅原が朗々とメロディを歌い、滝が暴れまわり、中村が叫ぶ。一瞬たりとも目が離せない。特に本編ラストの“Punishment”は極限状態のパフォーマンス。あれだけ破裂しそうなテンションで、よくあんなにも難しいフレーズを弾きこなすなあ、と思う。

総じて、エネルギーを丸ごと身体に浴びせかけられるような体験をさせてくれるライヴだった。本当に、いいバンドだと思う。

Termination(期間限定盤)Termination(期間限定盤)
(2007/11/14)
9mm Parabellum Bullet

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※期間限定盤は2月末までの発売みたいです。


ビートたけしのオールナイトニッポン傑作選

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原稿の山と格闘するうちに埋もれそうになっている日々。
関係各所にはご迷惑をおかけしております。

鬱々とした気分を晴らすために、積んであった『ビートたけしのオールナイトニッポン傑作選』に手を出す。


ビートたけしのオールナイトニッポン傑作選! (本人本 1)ビートたけしのオールナイトニッポン傑作選! (本人本 1)
(2008/01/29)
兵庫慎司、オフィス北野 他

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雑誌『hon-nin』に連載された「ビートたけしのオールナイトニッポン傑作選」を一冊にまとめたもの。浅草キッドの二人や当時のディレクターへのインタヴューも含まれているが、メインはラジオを語りをそのまま起こしたもの。20年以上前のラジオのテープ起こしである。僕は残念ながらリアルタイムで聴くことはできていないのだけれど、これ、聴いてたら人生変わってたかもなあ。それほどの濃くて危険な話題に満ちている。

ラジオの語りだとたけしの笑いのエッセンスが生で体験できるんだろうけれど、文字でそれを読むと「お笑い」としてよりも「事件」としてのエッジの鋭さが際立つ。どのエピソードも放送するにはギリギリ、というより完全にアウトな感じ。翻って、今は倖田來未の「羊水が腐る」発言で大騒ぎする時代である(そういえばあれもオールナイトニッポンだった)。あれがNGなら、本書に収められてるトークは全部NGだろう。

個人的には僕は90年代に思春期を過ごせたことを幸福だと思っているんだけれど、80年代を羨ましく思う数少ない「体験」の一つ。


鶴取材

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3月にメジャー・デビューを控えた鶴の取材にいってきました。

ダンディー・ダンディー・ダンスィングダンディー・ダンディー・ダンスィング
(2007/07/25)


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シングルはまだamazonには登録されてないみたいですね。

取材場所の会議室を開けたら、ステージに立つときと全く同じアフロ×3の格好でまずはビックリ。衣装もバッチリ決めている。

ライヴ写真は昨年夏のRIJ FESのサイトにありました。
http://www.rock-net.jp/fes/07/quick/0805/w4/index.html

訊いたら、ラジオの収録でも衣装&アフロはきっちりキメるそう。へぇー。会議室のソファーにこの3人が並んでる図は、なんか、それだけで面白かった。インタヴューでも、彼らの音楽が持つ「ウキウキ感」と「男の強がり」の根源について、突っ込んで訊けたと思います。


SOFFet取材

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ニュー・アルバム『NEW STANDARD』を完成させたSOFFetの取材にいってきました。

NEW STANDARD(DVD付)NEW STANDARD(DVD付)
(2008/02/27)
SOFFet、Full Of Harmony 他

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前作『ココロフィルムノート』も好きなアルバムだったけれど、今回はそれにも増してかなり気合の入った作品。彼らも相当手ごたえは感じてるみたいでした。もっと売れてもいいのになー、と思う。ジャパニーズ・ヒップホップの枠組みの中で捉えると相当異端なことをやってる人たちだけど、ポップ・ミュージックとしての“新しさ”という意味では頭一つ抜けてるんじゃないだろうか。“スウィング・ラップ”と自らの音楽を銘打つ彼ら。ジャズとポップスとヒップホップが一緒くたになって、しかもライヴでは楽器を弾きながら歌い、ラップするんである。少なくとも他には見たことない。

アルバムではモンゴル800とコラボレーションした「ひとりじゃない」が最大の聴き所。いやあ、清作くんの声ってすごいね。何の前情報がない状態で聴いて「えぇっ!?」ってなりました。


個人的怒りと闘いのアルバム3選(その3)

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ロッキング・オン3月号の特集「怒りと闘いのアルバム100選」の100枚に漏れた中から、個人的に「これが入っていてほしかったなー」というものをレヴューしていきます。「その1」「その2」はこちら。

個人的怒りと闘いのアルバム3選(その2)
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-31.html

個人的怒りと闘いのアルバム3選(その1)
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-32.html

3枚目は、小沢健二『Ecology Of Everyday Life 毎日の環境学』。まあ、ロッキング・オン誌は洋楽誌なので、これが入ってないのは当然。不満があるわけじゃあ、ない。でも、GY!BEと全く同じ「敵」の存在を気付かせるべく、真摯な言葉を連ねているのが現在の彼だ。00年代というタームで考えれば、少なくとも日本においては最も「闘っている」ミュージシャンの一人ではないだろうか。

Ecology Of Everyday Life 毎日の環境学Ecology Of Everyday Life 毎日の環境学
(2006/03/08)
小沢健二

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このアルバムは全曲インストゥルメンタルだ。だから、アルバム自体に明確なメッセージが込められているわけではない。しかし、彼が2005年から現在まで連載している小説『うさぎ!』とこのアルバムは密接に関連していて、そして全く同じ方向性のメッセージを放っている。

『うさぎ!』の登場人物は、いつも裸足で歩き「靴をはくなんて頭にヘルメットをかぶって歩くようなものだ」と考えている15歳の少女、きらら。そして、「今の世界でものをどんどん買うなんて、冷蔵庫に材料がいっぱい入っているのに、料理をしないで出前を頼むようなものだ」と手紙にしたためる15歳の少年、うさぎ。そしてクィルという彼らの友達の少女。

そして、もう一つは、「灰色」と名が与えられている、人ではない存在。「大きなお金の塊」の中に住み、それをどんどんと大きくすることだけを考え、人に「あれはもう古い、これはもう古い」と思わせ、工場を豊かな国から貧しい国へ移し、暴力を良いことと考えている存在。

これだけ書けば、『うさぎ!』が何の寓話かは、はっきりしている。資本主義・新自由主義の世界のなかでどんな風にして人々の生活が捻じ曲げられているか。「効率のよさ」のために何が失われているのか。そして、「よく生きる」ということは、一体どういうことなのか。僕はミヒャエル・エンデの『モモ』を思い出した。『うさぎ!』は明確な反グローバリズムを訴えているけれど、エンデも確かに貨幣システムの歪みを訴えていた。
http://www3.plala.or.jp/mig/will-jp.html

でも、『うさぎ!』には、悲観でも諦念でもなく、強いポジティヴィティが息づいている。

二百年前には王様たちが倒される「革命」が起こりました。(中略)

百四十年くらい前には人を売り買いする「奴隷制度」が倒されました。(中略)

四十年前には肌の色が黒いとか、女の人だからとか、恋の仕方がちがうからとか、生涯があるからとか、ありとあらゆる理由でいじめられていた、たくさんの人たちが、少数の肌の白い男たちのつくった仕組みを、拳を突き上げて倒しました。

どの「仕組み」が倒されたときも、それが倒れる直前まで、だれもが「仕組み」を倒すことなんて不可能だと思っていたのでした。しかし、(中略)「仕組み」は、とつぜんに倒れました。そして潮が引いて、あっというまに大きな砂浜があらわれるように、今まで見たこともない世の中が、いちめんに広がったのでした。それは「政治犯の男」など、ひとりの人の力ではなく、「人びと」という大きなあつまりが持っている、おどろくべき力でした。



 ひとりひとりの意識が少しずつ変わっていくことで、それがある日大きなうねりとなり、世の中が変わっていくという考え。それを、寓話のかたちをとりながら、歴史の変化一つ一つを紐解いていくことで、小沢健二は示している。

 たとえばジョン・レノンとオノ・ヨーコが大きな広告ボードを出したように、たとえばレイジ・アゲインスト・マシーンのザックがデモの群集の前でマイクロフォンを手にとったように、その「変革への肯定性」はロック・ミュージックの持つ大きな特徴の一つだ。そういうメッセージを、今の小沢健二は彼なりのやり方で放っている。90年代なかばに『♪プラダの靴が欲しいの』と唄っていたあのオザケンの姿から考えると、まるで正反対の姿だろう。

 そして、ようやくアルバムについて。上にいろんなことを長々と書いたけれど、そんなことをすっ飛ばして音だけを聴いても、かなり格好いい。スムーズなベースラインに、野性的なポリリズム。清潔で都会的なコード感と、肉体的なビートが同居している。わかりやすいキャッチーさ、J-POP的な文法からは遠く離れているけれど、その代わり、このサウンドのあり方は強く脳を刺激する。ワールド・ミュージック的な要素は強いし、全体にラウンジィで高級感の強いサウンドだけれど、決して「まったり」していない。とても鋭い。

 その背景にあるのが、きっと『うさぎ!』で彼が示した考え方なんだろう。真の意味で「健康的で持続的な生活様式を目指す」ということは、日本で「ロハス」なんていう言葉とともに流通してるような、ぬるいイメージのものではない。以前も書いたが、あんなものは「消費することが自己表現である」というパルコ的な価値観の焼き直しにすぎない。そうじゃなくて、自分たちを取り囲んでいるシステムに「仕方がないよ」と従い続けるのではなく、「何かがおかしいんじゃないか?」と根本から問い直し、自分の生活のなかで反旗を翻すことだ。それは勇気がいることだし、そう簡単に出来ることじゃない。

 小沢健二というミュージシャンが、めげずに、鋭い言葉を放ち続けていることは、もっと知られていいことだと思う。

(アルバム・リリース時に書いた文章を再構築しました)


個人的怒りと闘いのアルバム3選(その2)

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ロッキング・オン3月号の特集「怒りと闘いのアルバム100選」の100枚に漏れた中から、個人的に「これが入っていてほしかったなー」というものをレヴューしていきます。「その1」はこちら。

個人的怒りと闘いのアルバム3選(その1)
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-31.html

続いて紹介したいのは、マッシヴ・アタック『100th Window』。

100th Window100th Window
(2007/10/03)
マッシヴ・アタック

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オリジナル・リリースは2003年1月16日。悪名高いCCCDでのリリースだったので、2007年に通常版CDの形で再リリースされています。

名作『メザニーン』から5年、長い沈黙とDJマッシュルームの脱退を経てリリースされたマッシヴ・アタックの、こちらも現時点での最新作。これを引っさげてのライヴ・パフォーマンスは強烈なインパクトを持ったものだった。最初メンバー全員がでてきて、イラク戦争で犠牲になった市民に対して1分間の黙祷。そして、ライヴ中も、背後のLEDスクリーンに世界人口、石油消費量などをリアルタイムで実数化したものなど様々な文字情報が投影されている。ときには「戦争」というシンプルな一語が映し出される。

ブラーのデーモン・アルバーンとともに反戦デモに参加、反戦広告を掲載、アフガン救援ライブ開催など様々な政治活動を行ってきた3D。しかし、もともとマッシヴ・アタックは、そういった“闘い”の姿勢とはあまり縁のないバンドだった。『メザニーン』までは、ヒップホップとレゲエとニューウェーヴが融合した美しくダークなサウンドを作り上げる、一つのアート集合体だった。しかし、『メザニーン』の閉塞感の先に行くためには、「闘争」や「祈り」のような感情に足を踏み入れる必要があったのだろう、と思う。

このアルバムは「情報」をテーマにしている、とかつて3Dは語っていた。00年代のレベル・ミュージックは、かつて70年代のパンクやレゲエであったような、シンプルなものではあり得ない。政府や体制に対して中指を突き立てるだけでは「反抗」にはならない。何故なら、ゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラー!もそうであったように、相手にするのは多国籍企業を中心とした“消費”のシステム、それ自体になるからだ。

日々の無自覚な消費が、実は回りまわって戦争や地球の破壊に繋がっている――そう考えるとき、音楽はどんな役割を果たすことができるのか。難しい問いだけれど、そこに取り組むことこそが、今のミュージシャンに課せられた「闘い」の使命なのではないだろうか。


ナタリー一周年パーティにいってきました

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音楽ニュースポータルサイト、ナタリーの一周年パーティにいってきました。

ナタリー
http://natalie.mu/

ナタリーを運営する株式会社ナターシャの代表でありミュージックマシーンの管理人であるタクヤさんに、初めて会う。初対面でいきなりブログのことを持ちかけられて、かなりビックリする。ミュージックマシーンはずぅっと昔からチェックしていた、情報入手にかなりお世話になっていたサイトでもあるので、ちょっと、というか、かなり、嬉しい。

1月30日にサイトはリニューアルされたばかりで、CDやDVDの発売日やamazon入荷日にメールでお知らせしてくれるサービス、ディスコグラフィのサービスもつくという。

自分も編集をしていたことがあるので痛感するのだけれど、少ない文字数で読ませる文章を書くのって、簡単なようですごく難しい。新聞やチラシのような無味乾燥なものであっても面白くないけれど、書き手の自意識が漏れていてもしょうがない。言い回しや文章芸とかに頼らず、それでも「この人が書いた」というブランド性を持つ文章。そういうものを書くのって、実はかなりセンスが必要な作業だと思う。コピーライティング的な才能、というべきか。

僕なんかはダラダラと書き連ねてしまう、もしくはついつい大仰に言い方になってしまうクチだけど、タクヤさんはその方向の才能が非常にある人だと思う。

単なるニュースサイトとしてではなく音楽と聴き手との「つながり」を提供し続ける場として、これからも発展していって欲しいと思います。


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