日々の音色とことば:

移転しました。新URLはhttp://shiba710.hateblo.jp/です。ここは更新されませんがアーカイブを置いておきます
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マボロシ取材

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マボロシのシ(初回生産限定盤)(DVD付)マボロシのシ(初回生産限定盤)(DVD付)
(2009/03/25)
マボロシKOHEI JAPAN

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乃木坂にて、3枚目のアルバム『マボロシのシ』をリリースするマボロシの2人を取材。
いなせなトーク。

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ロッキング・オンJAPAN、CDジャーナル

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ROCKIN'ON JAPAN (ロッキング・オン・ジャパン) 2009年 03月号 [雑誌]ROCKIN'ON JAPAN (ロッキング・オン・ジャパン) 2009年 03月号 [雑誌]
(2009/02/20)
不明

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ロッキング・オン・ジャパン 09年3月号ではRYUKYUDISKOとAFRA & INCREDIBLE BEAT BOX BANDの対談、Aira Mitsukiの取材など、

CD Journal (ジャーナル) 2009年 03月号 [雑誌]CD Journal (ジャーナル) 2009年 03月号 [雑誌]
(2009/02/20)
不明

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CDジャーナル3月号ではフランツ・フェルディナンドのインタヴューなどを担当しました。


シド・ヴィシャスと、死ということについて

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父の命日にて、墓参りに往く。あれから5年。時の過ぎるのは早いな、と思う。

あのとき僕はまだロッキング・オンという会社にいて、ちょうどシド・ヴィシャスの単行本の校了作業の真っ最中だった。

シド・ヴィシャスの全て VICIOUS―TOO FAST TO LIVE…シド・ヴィシャスの全て VICIOUS―TOO FAST TO LIVE…
(2004/03/10)
アラン・パーカー

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そのときに書いた原稿を、再掲しようと思う。僕はまだ同じことを考え続けている。


「ロックは生き急ぐ、けれど…… /シド・ヴィシャスと、死ということについて」


 父が亡くなってから、一ヶ月が経つ。2月19日のことだった。「横浜駅で突然倒れたらしい」という電話を受けて病院に駆けつけたときには、身体には何本ものチューブがつながれ、人工呼吸器の緩慢な音だけが集中治療室に響いていた。手を握ると僅かに握り返してくる感触があるけれど、耳元で名前を呼んでも何の反応もない。救急車で運ばれたときに既に、一時心停止していたのだという。眼は見開かれ、白眼を剥いていた。翌朝にわたるまで、蘇生措置は何度も行われた。電気ショックを施されるたびに、ベッドに横たわっていた全身がビクっと跳ね打つ。心臓マッサージも、肋骨が折れるほどに体重をかけて勢いをつけ、何度も施された。まるで苦痛が自分にまで伝わってくるようで、正視することができなかった。しかし、僕が病院に着いた21時20分から医者が死亡を宣告した午前9時40分まで、結局父の意識が戻ることはなかった。死因は、心筋梗塞だった。
集中治療室の入り口で身に付けた使い捨てのマスクは最早ぐしょぐしょに濡れていたけれど、それでも僕はその時、自分を「驚くほど冷静だ」と思った。死はゆっくりと訪れる。心拍を示す緑の数字が40から30へ、30から20へと徐々に下がっていくのを見ながら、そう思った。生と死とは決してデジタルなONとOFFではなく、状態Aから状態Bへと徐々に移行していくようなものだ、ということ。そして、たとえ生物的な死を迎えたとしても、その人の記憶が残された人々の間に生きている限りその人は生きていて、みんな心の中からその記憶が消え去ってしまったときに初めて、その人はこの世から消えてしまうのだ――ということ。根拠はないけれど、ただ強くそう感じた。
父は真言宗の僧侶だったので、葬儀には付き合いのあった僧侶が沢山集い、手厚く、盛大に行われた。儀式は滞りなく終わった。けれど、その後今も僕は、ずっと頭のどこかで「死」と「記憶」のことを考えつづけている。

シド・ヴィシャスは1979年の2月2日に亡くなっている。ナンシー・スパンゲンが殺害され、自らその容疑をかけられてから3ヶ月も経っていなかった。死因はヘロインのオーヴァードーズだったけれど、「埋めるときには俺の革ジャンとジーンズとバイク・ブーツを着せてほしい。さようなら」と書かれた彼の遺書も見つかっている。その後の報道のセンセーション、そしてパンクのヒーローとして彼が崇拝されていく過程については、改めて書くまでもないだろう。けれどその一方で、彼の母親のアン・ビヴァリーは1996年に亡くなるまでの17年をずっと、「息子」シド・ヴィシャス=サイモン・ビヴァリーの不在と共に生き続けたのだ。そしてナンシーの母親であるデボラ・スパンゲンは、今も殺人事件の被害者遺族を支援し暴力的犯罪を防止する活動を行っている。
シドは21歳で死に至るまでずっと、イノセントな一人のパンク・ロック・ファンだった。担当楽器のベースもロクに弾けないまま巨大なるムーヴメントと騒動に巻き込まれ、自分を見失いながらも、最後まで無垢な少年にしか過ぎなかった。そしてナンシー・スパンゲンはそんなシドに深く深く入れ込んだ一人のグルーピーの少女にしか過ぎなかった。二人の刹那的な生はロマンとなり、映画化され、伝説として祭り上げられたけれど、やっぱり家族にとっては、シドやナンシーは一人の息子であり娘にしか過ぎなかったのだ。きっとその存在が失われたときの痛み、残された者が背負っていくべきものの重さは想像に絶するものがあっただろう。ましてや、ナンシーが死亡した時刻にはシドはドラッグで意識を失っていて、人を殺害することは不可能だったことがその後明らかになっている。ナンシーを殺してはいなかったにもかかわらず、その疑いを晴らすこともできぬまま、彼は死んでいったのだ。
葬儀を終えて出社すると、ちょうど僕が校了作業を担当するはずだった単行本『シド・ヴィシャスの全て』と、シドを表紙にした先月号のロッキング・オンが出来上がっていた。感謝の念は絶えなかったのだけれど、しかし、表紙のコピーにあった「LIVE FAST、DIE YOUNG!」という言葉、僕はそれをどうしても受け止めることはできなかった。

ロックは生き急ぐ。それは確かに本当だろう。特に60年代から70年代にかけては、本当に多くのミュージシャンが、ドラッグやその他の要因で若くして亡くなっている。90年代にもカート・コバーンが自らの頭を猟銃で打ち抜き、去年にもエリオット・スミスが自らの身体をナイフで突き刺した。どれも痛ましい出来事だし、その報を聞いた時の胸を抉られるような喪失感は、そのアーティストと「共に生きた」すべてのロック・ファンが感じるものだと思う。けれど最近僕はこう考えるようになった。
決して、生き急ぐのはロックだけではない。当たり前のことだけれど、毎年、毎分毎秒、世界中のどこかで人が死に続けている。天寿を全うした死もあれば、若くして命を絶ってしまった人も多いだろう。そしてそれらの死は、当人と残された者にとっては他の何物にも変えがたく絶大なものだ。喪失感は避けられないし、してやれなかったことを思い出して悔やむだろうし、それに、たとえ何歳だろうと完全に「OLD ENOUGH TO DIE」な死なんて存在しない。けれど。それでも、後に残された人々にその生の痕跡が記憶という形で残る限り、その人の中で死者は生き続けるのではないだろうか? たとえ遺体が焼かれそれが骨と煙に転じたとしても、化学的にいえば何の物質も消滅したことにはならない。N.E.R.Dのファレル・ウィリアムズはユニット名の由来“No One Ever Really Die”についてこう言っている。「人が死ぬと、そのエネルギーは散り散りになって消えるかもしれないが、破壊されるのではない。エネルギーを破壊することはできないんだ」。そうやって考えると、「生き急いだロック」とはつまり「生き続けているロック」ということなのではないだろうか? 一つの音楽を成り立たせる思想、歌や演奏を通して伝わる生々しい感情。それが伝わり続ける限り、そのエネルギーは生き続ける。人は生物学的な死からは逃れられないけれど、結果的にシドやカートはそうやって生き続けることができたのだ。僕は最近そう考えている。

葬儀の翌週、父親の衣類や遺品を整理するために実家に帰ったとき、宅配便で和牛のすき焼きセットが家に贈られてきた。差出人は父で、いつも月末に実家に帰ってくる息子にいいものを食わせようと通販で購入予約していたものらしかった。それを見たとき、僕は、初めてどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
「冥福を祈る」――という言葉は、何だかありきたりすぎて文章の締めに使うには、ちょっと戸惑ってしまう。ただ、これだけは確実に言えるのは、この先も、僕は決して回答の出ない「死」と「記憶」のことに関して考えつづけていくんだろう、ということだ。


中川昭一という人とその周囲について

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あっという間に辞任まで追い込まれてしまった中川昭一元財務省。この人が政治家としてどうだったかは詳しく踏み込んで判断する材料を僕は持っていないが、「まあ、辞任もしょうがないよなあ」という空気があっという間に造成されるだけの破壊力をあの会見の映像は持っている。単に酩酊状態だったというだけではない、いろいろとマズい雰囲気。大臣がこんな状態でいいのかとか、国益がどうだとか、いろいろな前提を取っ払って、端的に「面白い」状態。

海外の人もかなり面白がっているようで、さっそくリミックスが作られている。このへんは「ムネオハウス」を彷彿とさせるよなあ。





とはいえ、面白がっては仕事にならないメディアのムードは、「とんでもない」「恥さらしだ」というような、非難一色のものになっているようだ。問責決議案だとか、任命責任だとか。まあ、本人の弁明が仮に正しいものだったとしても、風邪薬と酒を一緒に飲んじゃいけないのは基本中の基本で、体調管理の面で甚大なミスがあったのは否めない。ほうぼうで言われているとおりアルコールへの依存もあったのだろう。

ただ、やっぱりなんだかこの一件、腑に落ちないなあと思っていたのだが、以下の話を読んですこし納得がいく。


この話が残酷なのは、ひどい酩酊状態に見えるにも関わらず、記者や(おそらく回りにいた官僚たちも)が平然と記者会見を続けたところである。異常な状態だということは分かっていたはずである。なのに淡々と職務をこなした。この残忍さに誰ひとりとして異議を唱えることができなかった。

中川昭一は裸だ!/Keynotes


きっと、現場の記者の一人一人も官僚も、粛々と「記者会見」というシステムを遂行したのだろう。そこでの大臣の酩酊状態はエラーである。「正しさ」の担保はそこにはない。けれど、システムの側に立って、「正しい」立場に自らを置いて責めたてる側の「残忍さ」が省みられる気配は、どこにもない。

僕自身は、言葉を用いて仕事をする人達はその「残忍さ」への意識を、ほんの少しでも持っていてほしいと思うんだけれども。


RADWIMPS『アルトコロニーの定理』

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アルトコロニーの定理アルトコロニーの定理
(2009/03/11)
RADWIMPS

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このところ半月は、このアルバムにかかりっきりでした。いち早く音源が届いてから、何度聴きかえしただろう。“おしゃかしゃま”の超絶的なアンサンブルを最初に聴いたときの「なんだこれ!? ちょっととんでもないものが届いたな」という驚き。ゴスペルが自然体で溶け込んだ“七ノ歌”のスケールの巨大さ。それでいて、道を歩いてるときにも、いろんな曲のメロディがふいに口から出てくるほどの近さ。

これまでは歌詞の凄さで取り沙汰されることが多かった彼らだけれど、今作は個人的には「バンド・アルバム」だと思っている。もちろんハッとさせられる言葉の表現はとても多いけれど、それと同じくらい、ひょっとしたらそれ以上に、一つ一つのフレーズの絡み合いに「魔法」を感じる。“タユタ”の歌いはじめで野田洋次郎がすぅっと息を吸い込む音と、最小限まで研ぎ澄まされたサウンド。“One man live”のタッピングの美しさ。“おしゃかしゃま”の後半のカオス寸前でギリギリ踏みとどまるブレイク。凄いなあ、と思う。

1月29日に、およそ1日がかりで撮影と野田洋次郎を含むメンバー全員のインタヴュー。2月10日にマネージメント・レコード会社のスタッフとの食事会兼インタヴュー。

2年3ヶ月の間にバンドが潜り抜けてきたドラマに関して、様々な方面から話を訊いてきました。掲載は2月28日発売の『PAPYRUS』にて。


MARQUEE vol.71/相対性理論とセカイ系とミッシェル・ガン・エレファント

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MARQUEE vol.71 マーキー71号MARQUEE vol.71 マーキー71号
(2009/02)
不明

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『MARQUEE』 vol.71に原稿を書きました。lego big morl、マスドレ、たむらぱん、winnieのインタヴュー、相対性理論の長文レヴューなどを担当。

面白かったのは、僕の書いた文章とライターの土佐有明さんの書いた文章とが見開きにわたって並べられた相対性理論のページ。お互い唾を飛ばしながら論を書き並べながら、まったく同じように「あざとい」とわかっていながら“地獄先生”に悩殺されている、という。

ただし、相対性理論が「セカイ系」であるとする土佐さんの視点は自分にはまったくなかったもので、ちょっと新鮮だった。なるほど確かに「あたしもうやめた 世界征服やめた/今日のごはん考えるのでせいいっぱい」(“バーモント・キッス”)というような歌詞の世界観において、個人的な日常と“世界征服”のような観念はダイレクトに直結している。でも、これって実は「セカイ系」そのものなのではなく、そういう思考に対する批評的な言葉の使い方、という気もする。

ちなみに、僕が「セカイ系」ど真ん中だな、と思うのはミッシェル・ガン・エレファント。

「世界の終わりが そこで見てるよと/紅茶飲み干して 君は静かに待つ」
「パンを焼きながら 待ち焦がれてる/やってくる時を待ち焦がれてる」 (“世界の終わり”)





純然たる“君と僕”の世界にあるのは、“紅茶”や“パンを焼きながら”などという日常のキーワード。そこに、「崩れてくのがわかってたんだろ」「世界の終わりがそこで見てるよ」という言葉がさしはさまれる。何が“終わり”なのかは明示されない。明示されないからこそ、その観念性が強化される。

念のため言っておくけれど、僕はいまでもこの曲はすごく好きだ。発表されたのは96年。まさに90年代的な世界観なわけだけれど、「ナインティーズ・ノット・デッド」((c)菊地成孔)な自分にとっては、とてもしっくりくる。

そもそも宇野常寛氏の『ゼロ年代の想像力』以降広まった「セカイ系は時代遅れだ」という認識に、「そうなの?」と思っていたりする自分がいる。00年代前半の決断主義、サヴァイバル的な世界認識の中でセカイ系的な“弱い主人公”は叩きのめされた、的な。果たしてそうなのかな。

「セカイ系」については、またあとでじっくり考えようと思う。


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