日々の音色とことば:

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僕らは「サード・サマー・オブ・ラブ」の時代を生きていた

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■2007年に何が起こったのか



2007年は時代の変わり目の年だった。少なくとも、音楽にとっては、間違いなくそうだった。去年、僕はようやくそのことに気付いた。

iPhone、USTREAM、ニコニコ動画、初音ミク、soundcloud。いろんなサービスが、いろんなプロダクトが誕生し、それがインターネット上の新しい音楽カルチャーを生み出したのが、2007年だった。あの当時、僕は音楽雑誌の編集者で、眉をひそめて「きっとこの先、音楽に金を払う人間は、どんどんいなくなっていく」なんて書いてた。僕だけじゃない。あの当時に業界にいた人間は、あのころの悲観的なトーンをきっと覚えているはずだ。でも、2007年は、実際は「終わりの始まり」ではなく「始まり」の年だった。

そのことについては、以下の記事で書いた。

砂を噛むような無力感と、それでも2012年が「始まり」の年になる直感について
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-504.html


あれから半年の間、事あるごとに僕は2007年のことについて考えていた。たとえば、livetuneのkz氏と八王子Pという、まさにインターネットミュージックを代表するクリエイター対談のときにも、そういう話をした。

2007年とか2008年の頃って、みんなDIY精神が強かったんですよ。よくわかんない面白いものが転がってるから、それをどうにかして面白くしようぜっていう文化だったんですね。(kz)

自分はまさに曲作り始めたばっかりなんで、もうやったるぜ!みたいな感じでした。まともな曲を作れるようになったらニコ動にアップするぞ!みたいな。(八王子P)


ナタリー - [Power Push] kz(livetune)× 八王子P feat. 初音ミク「Weekender Girl」対談
http://natalie.mu/music/pp/kz_hachiojip/page/4


そこで痛感したのは、悲観的な物言いをしていたのは、既存のシステムの中にいた大人たちばかりだったということだった。ニコ動に出会い、ボカロに出会い、そこで動画サイトに投稿していたクリエイターたちは、みんな無我夢中で目をキラキラさせていた。そこには真新しい熱気があった。たとえばlivetuneの「Tell Your World」は、まさにその熱を形にしたようなアンセムだった。



疎外された場所から生まれる熱狂



そして、昨年末に公開されたこのコラムも、題材は洋楽だったけれど、僕の中ではやはり2007年について考える中で出てきたテーマを書いたものだった。

コラムスピン第47回:いつの間にロック少年は「洋楽」を聴かなくなったのか?
http://www.drillspin.com/articles/view/526


洋楽メディアがオヤジ化する一方で、ニコニコ動画というプラットフォームがボカロPたちを同時代的なヒーローにしている――。僕はそう書いた。そうしたら、同時期に刊行された『PLANETS vol.8』の中でも、石岡良治さんがほぼ同じことを言っていた。

ゼロ年代って洋楽が人々の憧れではなくなった時代ですよね。そんな中で、Jポップにも馴染めないけど音楽はやってみたいという人たちにとって、ボカロと絡む形でバンド活動を展開するというのは自然な選択肢になるでしょう。

(『PLANETS vol.8』 「キャラクター表現の現在」)

PLANETS vol.8


僕がすごく興味深いと思ったのは“馴染めない”という表現だ。今と違い、2010年頃までの初音ミクに熱狂する人たちはあくまでマイノリティだった。メインストリームのJ-POPやロックとは背反するような存在だった。ほとんどの上の世代の音楽リスナーは「あんな仮歌みたいな出来損ないのボーカルのどこがいいのかわからない」と本気で感じていた。そこにあったのは、いわば疎外だった。

その“疎外”を的確な言葉にしたのが、やはりボカロの黎明期から活躍するクリエイターであるryo(supercell)の「ODDS & ENDS」という曲だと僕は思っている。僕はこの曲はレディオヘッドの「CREEP」と同じタイプのエネルギーを持つ曲だと思っていて、そのことは以下の記事に書いた。

2012年の「シーンの垣根を壊した5曲」(その3:ryo(supercell)feat.初音ミク“ODDS&ENDS”)
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-519.html


いつもどおり君は嫌われ者だ
なんにもせずとも遠ざけられて
努力をしてみるけど
その理由なんて「なんとなく?」で
君は途方に暮れて悲しんでた

ならあたしの声を使えばいいよ
人によって理解不能で
なんて耳障り、ひどい声だって
言われるけど

きっと君の力になれる
だからあたしを歌わせてみて
(「ODDS&ENDS」)



初期のニコニコ動画やボカロPたちを駆動した原動力、そこにあったエネルギーは何か。kzや八王子Pが語っていた無我夢中の楽しさ、新しい場所が生まれて、何か面白いことが生まれているというワクワク感も、きっと間違いないことだと思う。けれど、そこに同時にあったのは「みんなの聴いてる音楽には馴染めない」「どうせ大人からは理解不能だって言われる」という疎外から立ち上がる熱気でもあったように思うのだ。



「サマー・オブ・ラブ」は20年おきに訪れる



そして、ここからが本題。

今年の初めに、とても嬉しい出来事があった。上の洋楽についてのコラムが反響を呼び、佐野元春さんの目にもとまったことをきっかけに、「元春レイディオ・ショー」に出演させてもらう機会があったのだ。そこで洋楽を巡る最近の状況を話してるうちに、やはり2007年の話になった。その頃のインターネットを巡る状況の話をしているうちに、ふっと閃いた。

2007年に、何が始まったのか。ニコ動とボカロと、あの場にいた10代に、何が起こっていたのか。それは、ひょっとしたら「サード・サマー・オブ・ラブ」のようなものだったんじゃないだろうか?

3度目の「サマー・オブ・ラブ」。それは果たして何か。

Live at Monterey


「サマー・オブ・ラブとは、1967年夏にアメリカ合衆国を中心に巻き起こった、文化的、政治的な主張を伴う社会現象」――。wikipediaにはこうある。

サマー・オブ・ラブの発祥の地はサンフランシスコ、ヘイト・アシュベリー。主役は当時の「ヒッピー」と呼ばれた若者たち。そこには音楽があり、ロックが鳴っていて、熱気に浮かされた若者たちは、本気で世界を変えられると思っていた。67年に開催されたモンタレー・ポップ・フェスティバルには数万人が集い、盛り上がりは絶頂を迎える。ムーブメントの勢いはその後数年で途絶えるも、その価値観自体は今もしっかりと受け継がれている。たとえば、佐野元春さんは、まさにその時代の証言者の一人だ。

「セカンド・サマー・オブ・ラブは、80年代後半にイギリスで起きたダンス・ミュージックのムーブメント」――。こちらもwikipediaの解説だ。

発祥の地はスペイン、イビザ島。87年の夏にイビサを訪れたDJ達がそこで受けた衝撃をイギリスに持ち帰る。そこからアシッド・ハウスのムーブメントが発火する。80年代末にはマンチェスターからストーン・ローゼズやハッピー・マンデーズなどのバンドが登場する。それを駆動していたのは「エクスタシー」というドラッグであり、また、背景にはサッチャー政権下で鬱屈する若者たちのエネルギーがあった。ロンドンからヨーロッパを席巻したレイヴ・カルチャーは、社会的なムーブメントとしての意味合いも強かった。この辺の話は、当事者としてそれを体験した久保憲司さんの『ダンス、ドラッグ、ロックンロール』に詳しい。

CDジャーナルムック ダンス・ドラッグ・ロックンロール ~誰も知らなかった音楽史~

二つの「サマー・オブ・ラブ」に通じ合うものは、何か。それは、音楽が媒介として生まれた新しいムーブメントだったということ。単なる流行ではなく、社会の構造を変える「何か」と共に、それが巻き起こっていたということ。そこには新しいコミュニティが生まれ、そしてそれは若者たちのための場所だった。大人たちには理解不能、それでも若者たちにとっては世界を変えられるかもしれないと本気で思う、そんなエネルギーが熱となって噴出する場所だった。さすがに僕が生まれる前の話なので、ヘイト・アシュベリーのヒッピーたちがどうだったか、僕にはわからない。でも、伝えきく話だけで、きっとそうだったと想像できる。そして、80年代末のイギリスのダンスシーンも、きっとそうだったんじゃないかと思う。

67年、87年、2007年。


偶然かもしれないが、そう捉えるとちょうど20年おきの話になる。つまり、「サード・サマー・オブ・ラブ」は、ヘイト・アシュベリーでもイビザ島でもなく、インターネットの上で生まれていたのだ。ニコ動やボカロに熱中していた、インターネット上に生まれた新しい音楽の環境に熱に浮かされたようにワクワクしていた人たちは、実は「サード・サマー・オブ・ラブ」の時代を生きていた。そう捉えてもいいんじゃないだろうか。

収録の日、実は、放送されたテーマとは全く別のところで、そんなことをうわずった口調で佐野元春さんに喋っていたのだった。さすがに呆れられるかと思ったら納得して話を聞いていただいて、そのこともすごく嬉しかった。

ボカロ文化が衰退するという話について



ボカロ文化の衰退はどこから来るか
http://anond.hatelabo.jp/20130126042320

よくここまで的外れな事が書けるもんだ。加齢というのは恐ろしい。
http://anond.hatelabo.jp/20130126105553


ここ数日ツイッターのタイムラインを賑わせていた上記二つの匿名記事を見た。いろんなコメントが飛び交っているけれど、僕が考えたのは、大体こういうことだ。基本的には僕は後者の人の見方に近い。「タダだから」とか、そんな浅薄なことじゃないし、つまり、あそこにあったのはカウンター・カルチャーだった、というのが僕の見立てでもある。

ただ、「ボカロ文化が衰退する」という話は、実際にほうぼうで言われていることでもある。上記の『PLANETS vol.8』の座談会でもボーカロイドの界隈がかつての勢いを失っていると指摘されている。特に、2012年くらいからそれが顕著になったと、現場のクリエイターを含め、多くの人が言っている。

それはどういうことか。僕は当たり前のことだと思う。つまり、二つのサマー・オブ・ラブと、同じことが繰り返されているのだ。

しかしこのムーブメントは '70年に終わりを告げる。サマー・オブ・ラブは流行に便乗した商売やメディアの報道により中身のない ''見かけ'' の文化にすりかわっていったのだ。


「サマー・オブ・ラブの終焉」
http://www.ukadapta.com/contents/Music/Music_festivalcolumn.html

有名DJを迎えた商業目的のレイヴが開催され主流となり、当初の精神を失っていき、(90年代初頭頃には)いわゆる「セカンド・サマー・オブ・ラブ」は既に下火となっていた。

wikipedia

二つのサマー・オブ・ラブのムーブメントは、どちらも4〜5年で終わりを告げている。そしてそれは、商業主義によってもたられる。流行が可視化され、その匂いを嗅ぎつけたメディアや金儲けをしたいだけの人たちが集まる。ワクワクするようなDIY精神とアマチュアリズムが失われ、当初の熱気は色あせていく。「あの頃はいい時代だった」。ムーブメントの勃興期を支えた人たちが、そう懐かしむようになる。

歴史は繰り返す。ムーブメントそれ自体は、数年で下火になる。それは宿命のようなものだ。沢山の商売人が飛びついてきて、そして舌を鳴らしながら去っていく。したり顔で、得意げに「もう終わった」とささやく人が、沢山あらわれる。大手コンビニのキャラクターに「初音ミク」が登場し、何度もテレビで特集されるようになって、ニコ動とボカロを母体に生まれた「サード・サマー・オブ・ラブ」というムーブメントは、人知れず終わっていたのだと思う。

しかし、そのことを悲観することもないと、僕は思っている。二つの「サマー・オブ・ラブ」と「2007年」をつなぐことで、僕たちは歴史に学ぶことができる。

ブームは去っても、カルチャーは死なない。

サマー・オブ・ラブの季節が終わりを迎えても、ロックやクラブミュージックは、今も形を変えながら若者たちのものであり続ける。それと同じように、2007年のインターネットが宿していた熱も、この先長く生き続け、刺激的なカルチャーを生み出し続けるだろうと僕は思っている。ひょっとしたらこの先、ボーカロイドのブームは下火になるかもしれない。しかしそこで生まれた「n次創作的に共有するポップアイコン」というイメージは、これからのポップカルチャーのあり方を規定する価値観の一つになっていくはずだと思っている。


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冨田勲「イーハトーヴ交響曲」と、初音ミクの神話性

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イーハトーヴ交響曲

初音ミクは「雨ニモマケズ」を歌わなかった



冨田勲『「イーハトーヴ」交響曲』、11月23日に行われたその世界初演をライヴ収録したCDがリリースされた。僕は東京オペラシティコンサートホールにて行われたその公演を生で観た。胸を揺さぶられるような内容で、テクノロジー的にも、音楽的にも、とても刺激的な体験だった。

オーケストラと初音ミクの共演が実現したこの公演。しかし、実はそのこと自体への驚きは少なかった。会場に一歩足を踏み入れると、ステージ上段中央には半透明のスクリーンが設置されている。「ああ、あそこに初音ミクが登場するんだな」と思った。

透過型スクリーンを使ってミクが演奏者と共にステージに立った先行例は沢山ある。だから、どんな技術でそれが実現しているのかはわかる。ただ、今回の公演ではあらかじめプログラミングされたリズムにオーケストラが合わせるのでなく、大友直人氏の指揮に合わせてミクが「歌う」というスタイルでの演奏だった。それを実現するためには数々の苦難があったようだし、そのことに対する技術的な興味はとてもあるのだけれど、そのことがダイレクトに感動に繋がっていたわけでもなかった。

僕が惹きつけられたのは、むしろ初音ミクが「歌わなかった」言葉だった。それはつまり、冨田勲氏が10数年の構想を経て取り組んだ交響曲の中で、「初音ミク」というキャラクターに、彼女にしか担えない役割を託していたことを意味していた。



宮沢賢治の世界を音楽化した「イーハトーヴ」交響曲は、7つの曲から成り立っている。

1. 岩手山の大鷲<種山ヶ原の牧歌>
2. 剣舞(けんまい)/星めぐりの歌
3. 注文の多い料理店
4. 風の叉三郎
5. 銀河鉄道の夜
6. 雨にも負けず
7. 岩手山の大鷲<種山ヶ原の牧歌>

このうち、初音ミクがソリストとして登場したのは「注文の多い料理店」「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」の3曲だ。東北の風景を描写した「岩手山の大鷲」に始まり、音楽が描く物語は徐々に現実世界から幻想世界へ飛翔していく。そして「注文の多い料理店」でミクが初めて登場する。冨田勲はパンフレットにこう書いている。

ミクの歌は2人のイギリスかぶれのハンターに、もはやここからは出られないことをアラビア風ジンタのリズムにのった歌で暗示します。

あたしはハツネミク かりそめのボディー、
妖しくみえるのはかりそめのボディー、
あたしのお家はミクロより小さく
ミクロミクロミク ミクのミクのお家、
パソコンの中からはでられないミク、
でられない、でられない、でられない

このあと、ミクは「風の又三郎」や「銀河鉄道」のカンパネルラの歌を歌いますが、私の感じている風の又三郎やカンパネルラ像は、物語では男の子の設定ですが、他方非常にボウイッシュな少年のような女の子とも感じとれ、この異次元的なキャラクターは初音ミク以外にはないと考えました。
宮沢賢治先生自身もどこか遠い異次元界から表れ、この世の人々の幸せを願い、いくつもの愛される作品を残し、やがて最愛の妹トシのいる世界へ帰っていきました。
(冨田勲「イーハトーヴに寄せて」より)」



「銀河鉄道の夜」のクライマックスのあと、少しの静寂を経て「雨にも負けず」が始まる。「雨ニモマケズ/風ニモマケズ」から始まるあの有名な詩が、抑制されたメロディで合唱団によって歌われる。ここで音楽が描く物語世界は、壮大な幻想宇宙から一気に宮沢賢治が生きた東北の厳しい現実に引き戻される。ここで初音ミクは登場しない。

僕にとっては、ここがクライマックスだった。「もしここでミクが登場したら全てが瓦解する」くらいの心持ちになっていたのをすごく覚えている。百数十人の男女が歌う「サウイフモノニ/ワタシハナリタイ」。宮沢賢治の遺品である大きな革トランクの中にあった手帳に走り書きされていたその言葉は、あくまで人間の声として放たれる必要があった。

つまり、イーハトーヴ交響曲における初音ミクは「新しい技術としてオーケストラにボーカロイドを取り入れてみました」というような浅薄なものではなく、単なる人間の声の代替物でもなく、ちゃんと彼女にしか担えない意味と役割が与えられていたということだ。「異なる次元から現れた、かりそめの歌い手」として、いわば神話的な存在として、初音ミクが宮沢賢治の世界の中に具現化していた。

新しい時代のフォークロアとしての「初音ミク」



もう一つ、すごく印象的だったのが、初音ミクがスクリーンの上で「踊る」ということだった。たとえばニコニコ動画でMMD(MikuMikuDance)などを見慣れている人にとっては、初音ミクがダンスをする演出は当たり前と思えるかもしれない。でも、あの場においては明らかに違和感を生み出す作用をもたらしていた。直立不動の合唱団が百数十人並ぶなかで一人画面の中で踊りながら歌うソロシンガーというのは、そのまま「人間世界の規律に縛られない存在」を思わせる。それが、風の又三郎やカンパネルラのイメージとリンクする。そして、それは同時に「画面から出てこれない」ミクの存在を思わせる。

《パソコンの中からはでられないミク でられない、でられない、でられない》

「注文の多い料理店」で初音ミクはこう歌う。

「私は画面から出られない、でも私はみんなの歌姫だよ」というのは、「ハジメテノオト」や「初音ミクの消失」など初音ミクのキャラクター表現としてボカロ黎明期の楽曲に繰り返し描かれたテーマで、それと繋がるモチーフが80歳の作曲家の手で改めて描かれたのも興味深かった。

ボーカロイドというものは、音楽制作ツールとしてはあくまで人間の声の代用品として開発されたものだ。いろんな楽器の音を電子的に合成するシンセサイザーと同じように、歌声を人工的に合成するソフトウェアが本来的な存在だった。日本におけるシンセサイザー音楽のパイオニアである冨田勲氏がボーカロイドを用いた交響曲を作曲したということは、そういう電子音楽史の文脈としても重要な意味合いを持っている。でも、それだけでなく、イーハトーヴ交響曲は「キャラクター表現」としての意味合いがとても強いものだった。

終演後に行われたTOWERECORDOMMUNEのトークセッションで、冨田勲氏は

「宮沢賢二だったから初音ミクがソロを歌ったんだよ。森鴎外だったら無理だった(笑)」

と言っていた。そのことはすごく示唆的だと思う。宮沢賢治は、東北地方に埋もれていたフォークロア(=民間伝承)と繋がりあうような、独自の幻想の世界を描いた小説家だった。中央の文壇には全く相手にされなかった作家だった。その世界を具現化するにあたって、結果的に冨田勲は「ニコニコ動画というメディア空間に広がる新しい形のフォークロア」とリンクするような物語を紡いだ。

それは、初音ミクというキャラクター表現を近代文学の延長線の先に位置づける試みのように思えた。そのことに僕は、とても興奮したのだ。

いろんな意味で、感慨深い公演だった。

(追記修正・初期段階ではフォークロアを”拾い集めていた”と書いていましたが、その仕事を為したのは柳田国男ではないかと指摘を受け、少し書き直しました。)


NHK-FM「元春レイディオ・ショー」に出演します。

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佐野元春さんからラジオ出演の依頼をいただき、「元春レイディオ・ショー」にて対談しました。



NHK-FM「元春レイディオ・ショー」
http://www.nhk.or.jp/motoharu/

光栄な機会をいただいて、ほんと嬉しい。連絡が来たときには心底驚いた。

すごく尊敬するミュージシャンの一人である佐野元春さんだけれど、実のところ、最初にちゃんとその音楽に触れたのは、2001年の頃だった。NYの同時多発テロ事件の直後。佐野さんは、誰よりも早く”光”という曲を発表していた。あの頃は今のようにYouTubeもなかったし、インターネットの回線環境も貧弱で、そもそもオフィシャルサイトを持ってないバンドやミュージシャンもまだいたような時代だった。そんな中、僕よりも全然世代の上のミュージシャンである佐野さんが誰よりも先にアクションを起こしていた。凄いなあ、と思ったのが最初の印象。その後も、フェスでライヴを拝見したり、ポエトリーリーディングの映像や、番組『ソングライターズ』で、格好いいなあと思ったりしつつ、今に至る。そうそう、別冊カドカワの特集ムックの制作にも参加しました。でも、本人にお会いするのは今回が初めて。しかもラジオの現場もほぼ初体験。緊張しないわけがない。

別冊カドカワ 総力特集 佐野元春  カドカワムック  62483‐67 (カドカワムック 364)

年明けの収録。気を引きしめて、NHKのスタジオに向かった。

番組の内容は「新春特集:音楽をもっと聴こう」と題した特集企画の第2回。

佐野さんは、先月に僕が「ドリルスピン」というサイトに寄稿したコラム」を読んで、それで僕に興味を持って声をかけていただいたようだった。

コラムスピン 第47回:いつの間にロック少年は「洋楽」を聴かなくなったのか?
http://www.drillspin.com/articles/view/526

というわけで、あそこに書いたことをベースに、僕が今考えている洋楽を巡る状況について、そして00年代中盤以降のインターネットの世界の変化について、喋ってきました。ただ、決して今の状況を嘆いたり、「最近の若い者は〜」みたいに上からモノを言うトーンにならないように気をつけた。「音楽をもっと聴こう」というテーマで呼んでいただいたのはありがたいけど、上のコラムも、決して「若い人はもっと洋楽を聴かねば!」みたいな意図で書いたものではなかったから。詳しくはオンエアを聞いていただければと思うけれど、むしろ今の10代に寄り添うような気持ちをもって臨みました。

広めのスタジオの中、二人向かいあわせのガチンコのトーク。「じゃあ、始めましょうか」と穏やかなトーンで佐野さんが告げると、ぴん、と空気が張り詰める。僕はもう緊張しっ放しだったけれど、佐野さんが終始こちらを気遣ってくれたのもあって、自分でも思った以上に熱を込めて語ることができたと思います。

うわずってないといいなあ。


『PLANETS vol.8』感想――未来は想像力が連れてくる

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PLANETS vol.8

正月。久しぶりに実家に帰って、新聞を読んだ。

最近ではすっかりネット中心の情報収集のスタイルになってしまったのだけれど、お正月に届く分厚い新聞をじっくり読むの、好きなんだよね。ぎっしりとチラシが挟まってるのもあるけど、重さが、まずいい。内容も大局的な見通しが書いてあることが多い。「昨日起こったこと」じゃなくて「これから先のこと」が書いてある。特に僕が好きなのは、技術の進歩について解説したり未来予測をしたりしているところ。

だけど、今年は全然ピンとこなかった。「なんだこりゃ」と思ったよ。「わくわく 近づく」と見出しにはデカデカと書かれているんだけど、ちっともワクワクしなかった。

「おじいちゃんとかおばあちゃんが読者ターゲットなんだから仕方ないんじゃない?」

とも言われた。まあ、今の新聞は最早そういう面もあるとは思うけど、さすがにそれでも高齢者をバカにしすぎてると思ったし。何が違和感の原因だったんだろうか。ネットにも記事がUPされてたからリンク張っておこう(紙面にはイラストが描かれていて、そのテイストがまた絶妙だったんだけど、ネット版にはないみたい)

わくわく 近づく 〈未来の生活〉
http://t.asahi.com/98w1

記事では、メガネ型の通信端末、クラウド翻訳、3Dテレビやヘッドマウントディスプレイ、遠隔操作ロボットなどの技術が紹介されている。それを使った「202X年の生活」の描写が軽いタッチで書かれているんだけど、なんていうのかな……そのリアリティがいちいち古いんだよね。昭和の時代の未来観の上に最新技術を無理やり上乗せしてる感じというか。“世間”を成り立たせている価値観のOSをアップデートせずに新しいデバイスだけ繋ごうとしてる感じというか……。

特にサムいと思ったのは以下のくだり。

リビングの壁いっぱいに設置した超大型3Dテレビに映し出された試合は、序盤から一進一退の攻防が続く。
 「ピッチ上の選手は想像を絶する緊張感だろうね」
 一緒にテレビ観戦していた高校時代のサッカー部のチームメートはそうつぶやいて、リモコンを操作した。
 スタンドのカメラがとらえた映像が一瞬にして切り替わる。現れたのは、まるでピッチの中にカメラを持ち込んだような超リアルな映像だった。

みる みせる 息のむ迫力ゾクゾク
http://t.asahi.com/98w2


数年前の未来予測なら、納得がいく。『アバター』公開直後の、猫も杓子も3Dだったころとかね。でも、その後のブームの終焉で、大画面や立体映像の迫力が“リアル”を担保しないことは誰もが気付いていると思う。

というか、この描写からは、ツイッターのようなソーシャルメディアがテレビ視聴のスタイルをがらりと変え、ニコニコ動画やUSTREAMのような双方向性のメディアが当たり前のように普及してきたここ数年の流れが全く感じられない。スポーツの試合やライヴなど様々なコンテンツが(たとえば映画館やバーや競技場などで)ソーシャルビューイングされるようになったここ数年の流れからも、完全に目を背けている。たとえばサッカーにおいては走行距離やボールポゼッションやパス成功率など様々な要素がデータ化され可視化されるようになったことからも目を背けている。耳を塞いでいる。そんな今から十数年後の202X年に「高校時代の友達と二人、元日に自宅でリモコンを操作してテレビを見ながら“ピッチ上の選手は想像を絶する緊張感だろうね”などとぼんやり呟く」ことの、圧倒的な時代遅れ感!

この記事を書いた人、チェックして直したデスクの人がどれくらいの世代の人なのか知らないけど、たぶん本心では情報技術の発展がコミュニケーションのあり方や社会のあり方を徐々に変えてきていることを気づいてないか、もしくは内心苦々しく思ってたりするんじゃないかな。もしくは想像力が貧困なのか。

そういうことを思ったのは、ほぼ同じタイミングで読んだ「PLANETS vol8」のせいかもしれない。

「何か面白いことが起こっている」という感覚



「PLANETS vol8」は掛け値なしに面白かった。こっちはほんと、読んでてワクワクした。ソーシャルメディア、ゲーム、インターネット、都市論、ファッションなどなど、様々な話題を縦断しながら今の社会にどういうことが起こっているのかを解き明かすような本。そして、小手先じゃなく「未来の社会」について想像を巡らせ、それを連れてくるための価値観の変革を提言するような本。

この「PLANETS vol.8」の表紙には「僕たちは〈夜の世界〉を生きている」というサブタイトルがつけられている。パッと見ではこの言葉がちょっと違う意味合いにとられる可能性があるよな、とも思う。ぶっちゃけ、「夜の世界」という言葉を初めて聞いたときに、まず僕がイメージしたのは六本木や西麻布だった。キャバクラだったりホストだったり、いわゆる風俗的な領域。ただ、もちろん、この本で掲げられている〈夜の世界〉は、そういうことじゃない。特集「21世紀の〈原理〉――ソーシャルメディア・ゲーミフィケーション・拡張現実」の巻頭言から引用します。

現代日本を表現する言葉として「失われた20年」という言葉がある。日本は第二次世界大戦後の焼け野原から、もう一度、国を作り直し、そして1970年代の田中角栄の時代に社会や産業の基本システムがおおよその完成を見たと言われている。しかしこうした戦後的社会システムは、国内的にはバブル崩壊により、世界的には冷戦構造の終結により、あらゆる場所で機能しなくなりはじめている。
(中略)
僕たちはこの20年間、ずっと放置されてきた日本のOSを今こそアップデートしなければならない。そしてそのための手がかりは既にこの日本社会の内部にあふれている。それは「市民社会」(政治)や「ものづくり」(経済)といった、〈昼の世界〉には存在しない。少なくともこれまでは社会的には日の目を見ることのなかった〈夜の世界〉――ここ20年で奇形的な発展を見せたサブカルチャーやインターネットの世界にこそ存在する。僕たちは、そう信じているのだ。



ここで書かれている〈夜の世界〉とはサブカルチャーやインターネットの領域。その例として挙げられるのが、たとえばニコニコ動画やAKB48。たとえばLINEや食べログやソーシャルゲーム。これを成り立たせている「情報社会」と「日本的想像力」の可能性が、一冊のテーマになっている。

単なる情報社会と文化の批評だけではなく、巻末のほうの特集では荻上チキさんや開沼博さん、鈴木謙介さんなどが登場して原発についてのクリティカルな対談も載っている。萱野稔人さんが語る「国家のかたち」、國分功一郎さんの語る「消費社会」、安藤美冬さんが語る「ノマド以降」、古市憲寿さんが語る「若者論以降」の話も面白い。

ともあれ、カルチャー領域、「趣味」とか「余暇」とか思われている分野に巻き起こっている価値観とコミュニケーション方法のドラスティックな変化が、政治や経済の領域を塗り替えるという見立ては、個人的には全力で同意したい。僕がポップ・ミュージックを面白いなあと思う理由の一つも、そんなところがあるわけだし。

で、痛感したのは、要は想像力なんだよな、ということ。

たとえば、これからの社会の先行きについても、今の世間には「グローバル化で海外の安い労働力に仕事が奪われる」とか「人口減と少子高齢化でこれから大変だ」みたいな物言いが沢山、本当に沢山あって。その前提は間違ってないのかもしれないけど、有り体にいうなら「お先真っ暗だ」という気分にだけ乗っかって、想像力を働かせてない言説に思えてしまうんだよね。

まあ、今がいろんな意味で時代の転換期であるのは間違いないことだと思う。そういう時代に「この先はしんどい」とばかり真顔になって言っていると、本当に「しんどい」未来を引き寄せてしまうかもしれないよ?と思うわけです。たとえばシャッター通りの商店街とショッピングモールみたいに、既存の価値が崩落していくのと新しい価値が勃興しているのは表裏一体なわけで。そういう意味でも、たとえばこういう本の見立てを通して「今の日本に何か面白いことが起こっている」という感覚にワクワクすることは、すごく有意義なことだと思うんだよね。

ちなみに。これは別の話題につながるのかもしれないけれど、なんとなく、僕はこの先十数年後の世界には「終わらない文化祭前夜」のようなものが、今以上に沢山の人にとっての仕事になるような気がしています。

そのことについてはまたいずれ。


あけましておめでとうございます/紅白について

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あけましておめでとうございます。

2012年の年末は、カウントダウンライヴには行かず、家で紅白歌合戦を観ていました。久々にじっくり観た。面白かった。それぞれの短い持ち時間にいろんな演出とドラマが凝縮されていた。

最初に痛感したのは、これは今年に始まったことじゃないけれど「多人数が踊る」ということのシンプルな強さ。AKBにジャニーズと、日本のポップカルチャーの主流がそこにあることが一目瞭然だった。ディズニーと嵐とAKB48とPerfumeが共演したメドレーは、ある意味現時点のキャラクター文化の頂点を見せつけられたような説得力もあったし。あと、それに対してのオルタナティブとしてきゃりーぱみゅぱみゅの”ウィアード・ジャパン”なセンスも最高だった。番組的にも、背景の映像の見せ方や遠隔操作のサイリウムなど演出面のテクノロジーも進化していて、目が離せない。

そして、グッときたのはももクロと美輪明宏さんだった。




とか言って面白がってたのは、まだまだ序の口だった。

ももいろクローバーZは“行くぜっ!怪盗少女”で、結成から4年間の物語を数十秒の間に込めた。曲の後半、5人ではなく、すでに脱退した早見あかりを含む6人の名前をコールしたときの鳥肌感。ファンなら一瞬でその意図を把握するだろうし、知らなかった人も気になって検索したらドラマが押し寄せてくる。しかも、番組制作サイドはそのことを言葉で一切説明することなく、しかし青色の照明やリボンの演出、巧みなカメラワークでその物語を補強している。(これには気付かなかった!)










そして美輪明宏。数十秒にわたる暗転の後、シンプルな衣装に、黒髪。スポットライトもカメラも一台。「観るものを飽きさせない」ための演出がひたすら続いたあとに、その対極の見せ方で浮かび上がった歌の迫力と描写力。圧巻だった。

もちろん、他にも目を離せない場所は沢山ありました。いきものがかり、も。タクヤさんいいこと言うなあ。

いきものがかりの「風が吹いている」がすごいのは、やっぱり最後の「La La La…」っていうコーラスのところだと思う。あれを入れるのは相当な勇気がいるでしょ。作り手が「これは壮大なスケールの曲ですよ」ってことを自ら宣言してるわけだから。普通だったら気恥ずかしくてそんなことできないし、さりげなく作った小品ですって言ってたほうがどんだけラクか。

でも今のいきものがかりの3人にはそれを引き受ける覚悟と勇気があって、国民的な名曲を作ろうっていう馬鹿みたいな目標を掲げて、本当にあの名曲を作ってしまった。実際、曲自体もあの壮大なコーラスに耐えるだけの強度を持ってて、紅白歌合戦のクライマックスで歌われて、老若男女を感動させてるっていう事実。それをあの、どっから見ても普通の姉ちゃんと兄ちゃんたちが成し遂げてるっていう奇跡。ほんとにすごいと思う。



いきものがかり「風が吹いている」について – TAKUYAONLINE
http://d.hatena.ne.jp/takuya/20130101/1356975904


最近いろいろ考えていたわりに上手く言葉にできなかったというかモヤモヤしてたところがあったけれど、紅白を観て少しわかったというか、考えが変わってはっきりしたところがあって。

僕はもう、何かを揶揄したり叩いたりするような物言いには与したくないなあ、という思いがあるのですよ。だって日本の音楽シーン、面白いから。紅白ではAKBもPerfumeもきゃりーぱみゅぱみゅも、ももクロも嵐もいきものがかりも、それぞれのやり方で「国民的番組」のパッケージの中で勝負するポップカルチャーとしての強度を高めていて、一方で美輪明宏さんとか矢沢永吉さんとか(紅白には出てなかったけど)桑田佳祐さんみたいな圧倒的な存在がいて。で、今年は行けなかったけれど、幕張メッセの「COUNTDOWN JAPAN 12/13」は10回目にして過去最高となる4日計15万5000人を動員していて。ボカロやネットレーベルもさすがに全部は追いきれてないけど凄いなあと思う動きは沢山あって。多様性があって熱量が点在しているなら、それは素晴らしいことなんじゃないかと思うんだよね。

そんなわけで、今年もよろしくお願いします。最近は「働く」ということとか、「価値」ということについてもつらつらと考えていたので、2013年はもうちょっと幅広く、考えたことをブログに書いていきたいなと思ってます。言い忘れないうちに。


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