日々の音色とことば:

移転しました。新URLはhttp://shiba710.hateblo.jp/です。ここは更新されませんがアーカイブを置いておきます
kokuchi.jpg

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bloodthirsty butchers、吉村秀樹氏のこと

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kocorono


bloodthirsty butchers、吉村秀樹さんが亡くなった。享年46歳。ニュースを訊いたときは、すぐには信じられなかった。

ナタリー - bloodthirsty butchers吉村秀樹が逝去
http://natalie.mu/music/news/91684


(これは「RISING SUN ROCK FESTIVAL 1999 in EZO」での“7月”。あの時、あの場所に居られたことは幸せだったと思う)

吉村さんに初めてお会いしたのは2000年のこと。あの頃、ぼくは「ロッキング・オン・ジャパン」という雑誌の編集者で、同じく編集者だった上野三樹さんと、ミュージシャンの自宅に訪問してレコードやCDの話を訊くという連載コーナーをやっていた。その何回目かに登場していただいたのが吉村さんだった。杉並区にあった木造の小さなアパート。今から考えたら、初対面の何もわかってないような二人が突然押しかけて、ずいぶん失礼な話だったと思う。その頃は札幌時代の“ジャイアン”伝説なんて知らなかったし。でも、吉村さんはすごく優しかった。部屋には大量のレコードと鳴らないギターと壊れたビデオデッキが積み重なっていた。フガジと鮎川あみのポスターが並べて貼ってあった。

その時の原稿、引っ張り出してきた。懐かしい。

柴――レコードはどこで買うんすか?
吉村――新宿から吉祥寺までかな。やっぱ安い所と夜遅くまでやってるところ。結局は100円でラッキーって思って、「これ俺しかわかんねえだろうなあ」とかいうのを楽しみにあさってる。そういうの見つけるのが巧いんだよね。

上野――学生時代聴いてたのは?
吉村――パンク、ニューウェーヴだね。その頃のレコードもちゃんと今でも持ってるよ。田舎だったから買える物は限られてて。何にも知らないお父さんに頼んで買ってきてもらってた、札幌で。DEVOとか。でも輸入盤のジャケがカッコ良くて欲しかったのに『違うー!』ってなって(笑)
柴――お父さんてそういうの、必ず間違えますよね(笑)。
吉村――お父さんさあ、貨物船の船乗りだったから、音楽なんて全然知らないからさ。俺すごいことやらしたなあって。
柴――レコードの貸し借りとかってしてました?
吉村――貰う方だね(笑)、まるっきり貰う方。「これはきっと俺んとこ来た方がいい」って思ったら、自然とあって。今でも大事にしてるよ。売ってお金になってるのも一杯あるけど。

柴――あ、ここにあるレコードの写真も撮りましょうよ。
吉村――でも、見て「これ、俺のヤツだ!」って思う奴いるんだろうなあ(笑)。ニック・ドレイク、ハスカー・ドゥー、ザ・ポップ・グループ、モーターヘッド、ペンギン・カフェ・オーケストラ……(床の上にレコードを並べ始める)……並べるんだったら、全部ぶちまかしてもいいなあ。……ああ、幸せになってきちゃったなあ。1日中こん中に埋もれてたいなあ。


(『ロッキング・オンJAPAN』2000年9月号より)


その後、インタヴューで本人にお会いする機会はなかなか無かったけれど、いろんな人から、吉村さんの話を聞いた。bloodthirsty butchersを追ったドキュメンタリー映画『kocorono』がDVDとしてリリースされた時には、ヒダカトオルさんと(高校時代からの付き合いだという)掟ポルシェさんにブッチャーズと吉村さんについて語ってもらう対談の司会をしたりした。


(「いつ死ぬかわかんねえからよ」「伝説になっちゃダメなんだよ」「っていうことは、生き続けなくちゃいけないってことなのさ」。そんな風に映画の中で吉村さんは語っていて、改めて、ドキリとさせられる)

『kokocorno』については、以下の座談会も貴重なテキストとして残っている。上の言葉の真意も語られていた。

bloodthirsty butchers ドキュメンタリー映画『kocorono』公開記念座談会 吉村秀樹(bloodthirsty butchers)×川口 潤(『kocorono』監督)×中込智子(音楽ライター) - インタビュー | Rooftop
http://rooftop.cc/interview/110201140000.php


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bloodthirsty butchers、吉村秀樹 他

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昨日も、沢山の人が、吉村さんの死を悼んでいた。


























とても愛されている人だったんだと、改めて思う。ご冥福をお祈りします。


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浮世絵化するJ-POPとボーカロイド 〜でんぱ組.inc、じん(自然の敵P)、sasakure.UK、トーマから見る「音楽の手数」論

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■ガラパゴス化した環境で「浮世絵的な進化」を遂げたJ-POP



今のJ-POPはすごく面白い。僕はここ最近、そのことをつくづく感じている。その理由はシンプルで、日本の音楽シーンが「ガラパゴス化」してるから。それも、いい意味で。

ビルボードのTOP10がオーストラリアでもシンガポールでも同じようにヘビロテされるような「グローバル化したポップシーン」が世界中を覆う一方、日本だけは違う状況が生まれている。その境目は00年代の中盤にある。そのことについては、以下のコラムでも書いた。

第47回:いつの間にロック少年は「洋楽」を聴かなくなったのか? | DrillSpin Column(ドリルスピン・コラム)
http://www.drillspin.com/articles/view/526

考えてみれば、はっぴぃえんどが「日本語ロック論争」を巻き起こした70年代初頭から、80〜90年代まで、ロックやポップミュージックの時代性というのは「海の向こうで何が流行っているか」という視点とは切っても切れないものだった。アメリカやイギリスで生まれた新しい音楽のスタイルが少し遅れて日本でも花開く。そういうムーブメントのあり方が当たり前だった。でも、00年代以降、そこが切り離された。ロックだけでなく、ボカロ、アニソン、アイドルポップの市場が拡大し、日本の音楽がユニークな進化を遂げる土壌が生まれた。

そのことで、日本のポップミュージックはどんな進化を遂げたのか。一言でいうなら、情報量が多くなった。つまり、メロディーや曲展開がすごく細密化・複雑化した。どんどんそういうモノが受けるようになった。僕はそう思う。たとえばその象徴がマキシマムザホルモンと「もってけ!セーラーふく」。そういう話を以前した。

マキシマムザホルモンというロックバンドのやっている音楽は、音の情報量の多さという意味で、アニソンで言うならば『らき☆すた』の「もってけ!セーラーふく」と比較対照して語れると思う。「もってけ!セーラーふく」って原曲はブリティッシュ・ポップみたいな全然別物の曲だったんだけど、山本寛監督から「日本語ラップにしてくれ」という注文があって、その衝突からあの情報量が生まれてるんです。同じことがホルモンにも言えて、ラウドロックと小室からつながる歌謡のメロディと圧縮されたラップが同居している。



別冊サイゾー×PLANETS(プラネッツ) 文化時評アーカイブス2011-2012 「音楽座談会」より

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実はそのことを言ってるのは僕だけじゃない。世界中にファンを持つWEEZERのフロントマンであるリバース・クオモも、同じことを言っている。彼が様々なインタビューでお気に入りに挙げているのが、Perfumeや木村カエラやマキシマムザホルモンなどだ。これは、スコット・マーフィーとのユニット「スコットとリバース」の初アルバムをリリースした時のインタビュー。

日本の音楽はアメリカの音楽より、もっとすごくコンプレックス(複雑)です。インプレッシブ(印象的)なメロディーと、コードチェンジ、キーチェンジ、たくさんアイデアがある。アメリカの音楽は少しシンプル、繰り返す、ちょっとつまらない。日本の音楽が、私に自由をくれます。



日本の音楽が、自由をくれた スコット&リバースインタビュー -インタビュー:CINRA.NET
http://www.cinra.net/interview/2013/03/19/000001.php



スコットとリバーススコットとリバース
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Scott & Rivers

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いまや「J-POP評論家」としても知られる元メガデスのマーティ・フリードマンも、こう言っている。

昔、日本の音楽業界がもっていた洋楽コンプレックスが、いまはまったくなく、作り手も誇りを持って曲作りをしています。それは生み出された音楽のなかに入っていると思うんです。誇るべきですよ! こんなすばらしい音楽業界はないですよ! あえて、ハッピーで。あえて、派手で。あえて、カラフルで。日本の音楽って輝いているんですよ!



マーティ・フリードマンが語るJ-POPの魅力 « GQ JAPAN
http://gqjapan.jp/2012/04/03/j-pop/


世界的なミュージシャン二人がこう語るのを聞いて、ふと思いついた。精巧で、細密で、手数が多くて、カラフルで、日本独自の進化を遂げたもの。これって浮世絵みたいなものなんじゃない?

浮世絵については、チームラボの猪子寿之さんが、こんなことを言っていた。

欧米はコンセプト、アジアは手数に感動するから、今回は世界一手数の多い手描きの絵を目指したんです。

――“アジア人は手数”っていう性質にはいつ気づいたんですか。

たとえば若冲の絵だったり、室町時代の『洛中洛外図』の巨大で精密なジオラマだったり、こういう細かい手業の量が多い作品が好きですよね。絵や彫刻、版画にしたって、技術の行く先は工芸品とかの精緻さ。そこに感動する。「ニコニコ動画」とかみていると、努力値の高いもの、“神作画”って呼ばれるアニメーションの原画のクオリティに対してリアクションがいくし、リスペクトされる。コンセプトに関してはほとんどの人が興味持たない。



東京スカイツリー 巨大壁画『隅田川デジタル絵巻』猪子寿之(チームラボ代表)インタヴュー | STUDIOVOICE
http://studiovoice.jp/?p=27672

洋楽コンプレックスから解き放たれた00年代のJ-POPは、いわば「浮世絵的な進化」を遂げた。それが、音楽の持つ手数の多さ、細密さ、カラフルさに表れている。それが僕の見ている今のJ-POPを巡る状況だ。

■でんぱ組.inc、じん(自然の敵P)、sasakure.UK、トーマと「メロディーの半径」



じゃあ、たとえばどんな曲がそういう「浮世絵的な進化を遂げたJ-POP」なのか。今のシーンでいうと、そういう感性を一番感じさせてくれるのが、でんぱ組.inc。新曲「でんでんぱっしょん」は、まさにマーティ・フリードマンが言う「あえてハッピー、あえて派手、あえてカラフル」という言葉をそのまま形にしたような一曲。




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(2013/05/29)
でんぱ組.inc

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でんぱ組.incとこの曲を書いたWiennersの玉屋2060%については以下の記事でも書いたんだけど、そこについたコメントで「おっ」と思うものがあった。

「音楽メディア」を巡るあれこれ(3) 〜「NAVERまとめ」と、瓦解するプロとアマの境界線
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-546.html

紹介されてる音楽やPVがボカロのランキング上位曲と似た特徴もってて興味深い

http://b.hatena.ne.jp/ja_bra_af_cu/20130512#bookmark-145268974


確かにその通りなんですよ。僕も、ボーカロイドのシーンにおいて、カラフルで、手数が多くて、複雑で細密なポップミュージックが次々と生まれている実感がある。

たとえば、じん(自然の敵P)。2枚目のアルバム『メカクシティレコーズ』がリリースされたばかり。たぶん今のボカロPの中では最も人気を持つ人の一人だと思う。こういう曲が10代の心にグサグサと突き刺さっている。


じん(自然の敵P)「ロスタイムメモリー」


メカクシティレコーズメカクシティレコーズ
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同じくロックをルーツにしながら、じん(自然の敵P)に比べてもさらに複雑化した曲展開とメロディーの「手数の多さ」を武器にするのが、トーマ。アルバム『アザレアの心臓』はオリコンデイリーチャート3位を記録している。


トーマ「ヤンキーボーイ・ヤンキーガール」


アザレアの心臓アザレアの心臓
(2013/04/03)
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そして、アルバム『トンデモ未来空奏図』をリリースしたばかりのsasakure.UK。彼の作る曲はチップチューンやフューチャーポップの雰囲気。生演奏では表現不可能と言われる人気ボカロ曲を演奏する凄腕バンド「有形ランペイジ」をプロデュースしてるだけあって、彼の作る曲も、情報量の多さ、手数の多さが大きな特徴になっている。


sasakure.UK「トゥイー・ボックスの人形劇場 feat. 初音ミク」


トンデモ未来空奏図トンデモ未来空奏図
(2013/05/29)
sasakure.UK

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それぞれインタビューでは、じん(自然の敵P)は邦ロックとアニソン、sasakure.UKはゲームミュージックと男声合唱、トーマはポスト・ハードコアがルーツにあると語っている。影響を受けた音楽は違っていても、作ってくる曲に「手数の多さ」「メロディの細密さ」という同じ特徴が見受けられる。おそらくボーカロイドというソフトやニコニコ動画という視聴環境のアーキテクチャが大きな影響を与えているんだと思う。だとするならば、これ、間違いなく日本独自の状況だ。

これらの曲を聴いてからアメリカでヒットしているロックバンドの曲を聴くと、リバース・クオモが「日本の音楽は複雑でアメリカの音楽はシンプル」と言う感覚が、すとんとわかるんじゃないかと思う。僕自身はどっちも好きだし、どっちが上だとか優れてるとか言うつもりは全然ないけど、とにかくメロディーの描く弧の半径が全然違う。チョロQとアメ車くらい違う。


Fun.「We Are Young ft. Janelle Monáe」


Imagine Dragons 「 It's Time」

今のアメリカと日本においては、求められている音楽の「メロディーの半径」「手数の多さ」が全然違っている。そのことが、すごく興味深い。


実は、このことに関して鋭い分析をしていたのが渋谷慶一郎さんだった。そのことについても書きたいんだけど、「THE END」の感想とあわせて、これはまた次で。


ももクロの「オズフェスト」出演が明らかにしたもの

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ozzfest

■オズフェストが成功をおさめた理由



さて、出来事が風化する前にきっちりと自分が目撃したこと、考えたことをまとめておこう。少なくとも、僕には言いたいことが沢山あるぞ。

5月11日、ももいろクローバーZが「OzzFest Japan 2013」に出演を果たした。改めて言うまでもないことだけれど、大きな話題を集めたし、最初からかなりの賛否両論を巻き起こした。あれは一体何だったのか。

時系列で振り返っておこう。4月中旬の発表を受けてまずは主催者のFacebookページに批判コメントが相次ぐ。ニュースサイトがそれに飛びついた。

「Facebook上でプロモーターへの批判も……」ももいろクローバーZの“オズフェスト”参戦発表で広がる波紋 - 日刊サイゾー
http://www.cyzo.com/2013/04/post_13101.html

伝説のメタルフェス【ozzfest japan 2013】にモモクロ参戦発表で大ブーイング!! – ガジェット通信
http://getnews.jp/archives/322136

開催直前の5月上旬には大手新聞にも取り上げられている。

ももクロ×ヘビメタなぜ 「オズフェスト」に参戦 – 朝日新聞DIGITAL
http://digital.asahi.com/articles/TKY201305070397.html



ちなみに、僕は参加が発表された日にこういうツイートをしている。



その後に寄稿したコラムでもこう書いている。僕は一貫してこういうスタンスです。

冒頭、高城れにの「ゲホ、ゲホ、ゲホ……」という咳は、ブラック・サバスの3rdアルバム『Master of Reality』収録の「Sweet leaf」でのオジー・オズボーンの咳へのオマージュ。ちなみに、この曲のギターに参加してるのが、サバス直系のドゥーム・メタルを展開し活動歴20年を超える人間椅子の和嶋慎治。こちらもオズフェストに参加予定。というわけで、ももクロのオズフェスト参戦に「メタルの聖域に場違いのアイドルが~」なんて言ってる人はちょっと狭量にすぎるんじゃないの?と、人生で最初に買ったCDがオジー・オズボーンの『ノー・レスト・フォー・ザ・ウィケッド』だった僕としては言いたいです。

第63回:ももクロ新作『5TH DIMENSION』から「楽曲厨」が語るべき10選 | DrillSpin Column(ドリルスピン・コラム)
http://www.drillspin.com/articles/view/590


これまであんまり言う機会はなかったけど、僕、ほんとにオジー・オズボーンが青春だったんですよ。メタル好きな少年時代を過ごしてきて、特に中学生の頃は部屋にポスターを貼ってたくらいオジーが好きだった。2002年にはイギリス・ドニントンで行われたオズフェスト(マッド・カプセル・マーケッツが出たやつね)にも足を運んで当時の雑誌にレポート記事を書いている。もちろんブッキングに納得いかないメタルファンの気持ちはよくわかるけど、少なくともそれなりにオジーとサバスへの思い入れはあるつもり。

そういう人間が、オズフェストの2日間に行ってきたわけです(2日目は仕事の都合もあってトゥールとサバスしか見れなかった)。

で、言いたいことは沢山あるけど、端的にいえば、僕は今回のオズフェストは成功だったと思う。とにかく、初めてこの目で観る(ほぼ)オリジナルのブラック・サバスがめちゃくちゃ格好よかったのだ。オジーも、トニー・アイオミも、ギーザー・バトラーも、バリバリ現役だった。ヘヴィロックの原点として、ちゃんと今も通用する音を鳴らしていた。で、ステージからもちゃんと見渡せるくらい広いフロアが後ろまで熱狂していて、そのことにも感涙した。

なにせ、僕は伝説のウドー・ミュージック・フェスティバル、その惨状をこの目で見てきた人間だ。今じゃ半分笑い話になってるけど、少なくとも、あの時ヘッドライナーだったKISSはあれから来日していない。ついでに言えば、同日開催されるはずだったTOKYO ROCKSがやらかしたおかげで、10年ぶりに来日するはずだったBLURが次にいつ来るかはわからない。オズフェストだって、チケットの売れ行きが苦戦しているという噂もあった。

そんな中、炎上気味のブッキングだったとはいえ、幅広い層に話題を広めることで興行を商業的に成立させたことは評価していいと思う。オジーも「来年、また戻ってくるぜ」的なことをMCで言っていたし。もちろん実現するかは今の時点ではわからないけど。

なんだかんだ言って、オズフェストは「メタルの祭典」ではなく、オジー(とシャロン)のフェス。ブラック・サバスが最高だった時点で、オジーに「また来るぜ」と言わせた時点で、オズフェストは成功だった、というのが僕の見方だ。

■「事件」はTL上で起こっていた



20130515kanban.jpg
(サイリウム禁止だったね)

では、ももいろクローバーZはどうだったのか。

強く感じたのは、なんだかんだ言って、騒ぎの火種はネットにあったんだ、ということ。「事件」はフロアではなくツイッターのタイムライン上で起こっていた。もしくはFacebookのコメント欄で。2ちゃんねるで、まとめサイトで、それに食いつくネットメディアの上で。

特にそれを実感したのが、以下の2ツイート。ライブが終わるまでの30分で数百RTを記録している。







ちなみに、正確には「見てから決めろー!」「今、目の前にいる私たちがアイドルだ!」が第一声だったよう。どちらにしろ超ストロングスタイル。ライブそのものに関しては、ナタリーのレポとtogetterのまとめが詳しい。

ナタリー - ももクロ、Ozzfestで白熱ライブ「私たちがアイドルだ!」
http://natalie.mu/music/news/90444

オズフェス-ももクロ部分 - Togetter
http://togetter.com/li/501151


Ozzfest全体のレポート記事はこちら。

ナタリー - Ozzfest Japan初開催でサバス、SLIPKNOT、日本勢が大活躍
http://natalie.mu/music/news/90772


Ozzfest Japan 2013 1日目@ 幕張メッセ | RO69
http://ro69.jp/live/detail/82153

Ozzfest Japan 2013 2日目@ 幕張メッセ | RO69
http://ro69.jp/live/detail/82170

ももクロのパフォーマンス自体は相当気合いの入ったものだった。去年のサマソニとかに比べても、すごくよかったと思う。メタル的な要素を押し出すでもなく、異種格闘技戦を挑むでもなく、「アイドルとしてのももクロ」を直球ストレートでぶつけ、NARASAKIさんと人間椅子の和嶋慎治さんのギターがそれを盛りたてるスタイル。最初は様子見だったフロアのお客さんたちが彼女たちに好感を抱いていく様子も、実際に感じ取れた。

ただし、その後の反響を追っていくと、やっぱりちょっと勘違いしたようなものもあった。ツイッターのTLやネット上の感想だけを見て何があったのかを判別しようとすると、得てしてそうなってしまう。その典型が以下のような記事。

「Ozzfestとは思えぬ異常な雰囲気」、「今オズフェスに来てるはずだけど、何かがおかしい」、「これが伝統のオズフェスとは思えない。空気が違いすぎる」という意見も少なくない。しかし「ももクロによって、会場が一体化!」、「外国人さん目が点、口ポカーンだけど、手を振ってるよ。素敵な光景」という会場の雰囲気があったことは確かなようだ。


「アウェーというよりホーム」。Ozzfestに参戦した“ももクロ”の評価は。 | キャリア | マイナビニュース
http://news.mynavi.jp/news/2013/05/12/081/index.html

「モノノフ対メタラーの対立を乗り越え、賛否両論もあった中、ももクロが会場を一つにした」――おそらく現場に足を運んでいないこの記事の書き手がツイートをかき集めてそんなストーリーを思い浮かべたとしたら、それは実情からはちょっと異なる。

そもそも「モノノフ対メタラーの対立」なんてものは、あそこのフロアにはなかった。繰り返しになるけれど、それはあくまでツイッターや2ちゃんねる、まとめサイト上にあったもの。あえて言うなら、あそこにいた人の持っていたスマホの液晶画面の上で展開されたものだった。

オズフェストは左右に並んだ二つのステージで交互にライブが行われる形式のフェスだ。転換の時間は短い。そしてステージエリアで飲食することはできない。長丁場の一日だし、必然的に食事やトイレはそれほど興味のないアクトの時間帯に休憩エリアで済ます必要がある。まず、見たくないもの、気に入らないものをわざわざ見る理由がないわけだ。ヘッドライナーのスリップノットに向けて休憩していた人も多かったはずだろう。

そして、正直に言えば、決して会場が一つになったわけではなかった。前方は盛り上がっていたが、後ろのほうでは腕を組みながら最後まで首をかしげていた人もいた。逆サイドには次のホルモン待ちの人もいた。

でも、そういうこともちゃんと踏まえて、それでもあえてアイドルらしいアイドルの姿を全力で貫いたももクロのパフォーマンスは素晴らしかったと思う。


■「フェスリア充」とオズフェスト


20130515slipnot.jpg
(わかりにくいけど、スリップノットの「スワレー!」で全員しゃがんでるとこ)

そして、もう一つ大事なこと。

そもそもあの日、オズフェストのあの場所にいたのは本当に「メタラー」だったのか。実は大多数がそうではなかったと僕は見ている。オズフェスト1日目のオーディエンスのマスは、いわゆる正統派のHM/HRファンではなかった。Galneryusのような正統派ヘヴィメタルバンドも、元ガンズのSlashもいたけれど、やはり最大の熱狂を生んでいたのはヘッドライナーのスリップノット。そしてその次はマキシマムザホルモン。MAN WITH A MISSIONも相当盛り上がっていた。どれも00年代以降のラウドロックだ。

つまり、あの場でももクロに盛り上がっていた人たちの多くは、夏フェスが日本に定着し、レジャーとして消費されるようになったここ10年ちょっとの風景を当たり前に過ごしてきた若者だった。

僕は翌日のブラック・サバスのときにそれに気付いたよ。




ちなみに、「夏フェスが定着し、レジャーとして消費される風景」、そこに集まる「フェスリア充」(と名付けてみた)な人々については、以下の記事に詳しいです。マキシマムザホルモンやMAN WITH A MISSIONは、まさにここ最近のロック・イン・ジャパン・フェスの人気者だしね。

「音楽を楽しむ」よりも「コミュニケーションを楽しむ」ってのが上にきちゃってるから、ライブやDJブースでは曲に関係なくとりあえずサークルモッシュとハイタッチ。知らない人との身体的な接触を図れるのがフェスの醍醐味って思ってるんですよ。そこには「新しいバンドを見つけよう」みたいな動機付けは皆無。見ず知らずの人たちと「うぇーいwww」ってやれればそれでOKってこと。

レジーのブログ ロックインジャパンについての雑記2-RIJFのRはリア充のR
http://regista13.blog.fc2.com/blog-entry-5.html


(一応誤解のないように言っておくと、僕自身は「フェスリア充」という書き方で誰かを揶揄するようなつもりは一切ないです。基本的な僕のスタンスとして、どんなスタイルであれ何かを全力で楽しんでる人を皮肉ったりしようとは思わない。むしろわりと好感持ってる。楽しそうな人を見たらこっちも楽しくなるしね)

で、「オーディエンス同士のコミュニケーションを楽しむ」というのは、アイドルのライブでも普通に見られる光景。ヲタ芸というのはその象徴だと思う。そう考えると、たとえばMAN WITH A MISSIONの「FLY AGAIN」でキッズがわっしょいわっしょい盛り上がってる様は、ちょっと見方を変えればヲタ芸にも見えるよな。



そのMAN WITH A MISSIONにスリップノットのシドが飛び入り参加してたんだけど、実はスリップノットも、「スワレー!」で全員しゃがんでからのジャンプとか、そういう「フィジカルなコミュニケーションを楽しむエンタテインメント」の要素があるよね。ホルモンの「麺カタ!こってり!」コールもそうか。

そういうわけで、話は冒頭に戻る。朝日新聞の記事で『BURRN!』編集長の広瀬和生さんはこう語っていた。

「コアなファン層には言葉にできないある種の美学があり、違和感を覚えた人たちが反発しているのかも」

ももクロ×ヘビメタなぜ 「オズフェスト」に参戦 – 朝日新聞DIGITAL
http://digital.asahi.com/articles/TKY201305070397.html


『BURRN!』の広瀬編集長が言う「言葉にできないある種の美学」というのは、「リア充のコミュニケーション装置」としてのフェスのあり方と対極にあるものだと僕は思う。そういえば、1日目の帰りに会ったライターの友だちが言ってた。「メタルのイベントだとセットチェンジの時に文庫本読んでる人とかいるんですけど、今日はそういう人、全然いなかったですよね」。そうそう! それが1日目と2日目の客層の違いに如実に結びついていたし、いろんな反発とかハレーションの底流にあったものなのではないかと僕は思う。

そういうわけで、今回のオズフェストで明らかになったのは「モノノフ」と「フェスリア充」の予想以上の距離の近さ、そして両者と「メタラー」の、微妙に重なりあいつつ相容れない関係性だったのではないだろうか。

なんてね。


「音楽メディア」を巡るあれこれ(3) 〜「NAVERまとめ」と、瓦解するプロとアマの境界線

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wienners.jpg


■バンド「Wienners」を知らしめた一本の「NAVERまとめ」記事




今回の記事は、

「音楽メディア」を巡るあれこれと、新しい音楽との出会い方
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-544.html

続・音楽メディアを巡るあれこれ〜食べログ研究と「影響力はどこから生まれるか?」という話
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-545.html


の続きです。今回は「NAVERまとめ」について、このサービスが“音楽メディア”として果たしてる役割について書こうと思っています。

とは言っても、そんなに堅苦しい話はなしで。まあ、まずはこれを見てくださいよ。でんぱ組.inc「でんでんぱっしょん」。




いやあ、格好いい! 「W.W.D.」も痛快だったけど、この曲は決定打になると思います。ちなみに、でんぱ組.incについては今でてる『MARQUEE』とこの記事にも書いてあるので、ぜひ。

ももクロとでんぱ組.incと大谷ノブ彦#ANNと「熱量」についての話 - 日々の音色とことば:
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-543.html



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で、ここからの話は、この曲を書いた「玉屋2060%」という人と、彼がフロントマンをつとめるバンド、Wiennersについての話。「でんでんぱっしょん」は、彼が作曲を、畑亜貴が作詞を手掛けている。代表曲「でんぱれーどJAPAN」も、このコンビの手によるものだ。




僕がWiennersを知ったのは、去年のこと。SEBASTIAN X主催のイベント「TOKYO春告ジャンボリー」でライブを観たのがきっかけ。相当ハチャメチャな曲調で、素っ頓狂な展開で、でもメロディセンスには確実にキャッチーなものがあって、「最高なバンドだなあ」と思ってた。

で、その後アルバム『UTOPIA』をリリースするということを知って、しばらくして、ふとバンド名で検索したら、以下の「NAVERまとめ」に行き着いた。

naver_wienners.png


日本一POPでクレイジーなバンド「Wienners」が最高すぎる - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2134628077408181701

現時点で5万PV超、お気に入り500超、はてなブックマーク100超。正直、ここまで見られているのにビビった。


(Wienners「Idol」。「でんでんぱっしょん」のMVを観てからこれを観ると、ニヤリとするね)

もちろん、「NAVERまとめ」には、他にも注目を集めてる記事は沢山ある。桁が一つ、二つ違うPV数を集めてる記事だって多いと思う。でも、ウェブメディアをやってる人間の肌感覚として、音楽ネタで、しかもアンダーグラウンドなバンドを「最高すぎる」と称賛してる記事で、ここまでPVを集められるというのは目からウロコだった。

正直、最初はどこかの関係者がプロモーションのためにやってるのかな、とか思った。でも、まとめ作成者の「しろくマン」さんのツイッターアカウントを見たら、どうやらそうじゃなさそうだった。プロのライターというわけでも、もちろんなかった。どうやらWiennersは単に一ファンとして好きみたいだった。

こりゃ、音楽メディアをやってる人間にとっては「NAVERまとめ」は脅威だな、と思った。

もちろん、「NAVERまとめ」にある音楽記事をプロのライターや編集者としての目から見ると「適当なこと書いてんなー」とか思うことも多い。でも実際、特にWiennersのようなバンドにとっては、中途半端な雑誌やフリーペーパーやニュースサイトよりも、こういう「まとめ」記事のほうがバンドを紹介するのに役立ってると思う。で、そのことに編集者やライターは危機感を抱くべきだと思うんだよね。

というわけで、「しろくマン」さんにコンタクトをとって、取材させてほしいとお願いしてみた。以下が、そのインタヴューです。

■「ネットを利用して簡単に一万円くらい稼げる方法はないかな?と思って」



sirokuman.jpeg


――まず「NAVERまとめ」をやろうと思った動機は?

ネットを利用して簡単に一万円くらい稼げる方法はないかな?と思っていたときに「NAVERまとめはインセンティブをもらえる」と知り、アカウントを取得しました。去年の夏ごろです。

――ブログ、ツイッターなど個人発信型のメディアは他にもありますが、「NAVERまとめ」を選んだ理由は?(インセンティブはモチベーションとして大きかったでしょうか)

上記の質問と同じ解答になりますが、NAVERまとめを始めた理由は「インセンティブ目的」でした。

――やり始めて、面白いと思い始めた、反響があると手応えを感じ始めたのはいつ頃ですか? (きっかけになった記事は?)

Wiennersの記事がNAVERまとめのトップページに掲載され、一日で「はてなブックマーク」が100以上付いたことですね。ニッチな話題がこんなにたくさんの人に見てもらえるなんて、物凄いパワーを持ったメディアだなぁと驚きました。始めたばかりでもすぐに反響を得ることができるのはNAVERまとめの強みだと思います。

――「まとめ」の題材はどうやって選んでますか?

生活の中で感じたことや自分がハマっているものの中から、ある程度のボリュームを出せそうなネタを選んでいます。

――沢山の「まとめ」記事を作って、PV数から、題材の選び方、タイトルの付け方のコツのようなものは見えてきましたか? もしあれば教えて下さい。

堅苦しい言葉を使わずにちょっと大げさなタイトルを付ける、とかですかね。シェアされやすいのはやはり旬のネタ、季節のイベントネタ、あとアニメ・マンガですね。音楽のまとめは一部で喜ばれるものの、viewは稼ぎづらいです。ただ、「フォロワーの多いtwitterアカウントを持っていれば勝ち」な部分もあるので小手先のテクニックはあまり関係ない気もします。

――今までで最高のPV数を稼いだ記事と、(可能なら)月間PV数は?

最大はhttp://matome.naver.jp/odai/2135861824567172001 の約90万viewです。twitterで拡散されたことと、Yahooニュースに掲載されたことで短期間で爆発的に伸びました。

月間最大PVは約400万PVです。

――(可能なら)上記記事で得たインセンティブ、月間の額を教えてもらってもいいでしょうか。

普段は数万円、上記の記事の月だけいつもより多かったです。PV→円の変換率は人によってかなり違うようで、僕の場合は70PVで1円くらいです。

――他にも気になる、この人の記事は面白い、信頼できると思う「まとめ」人はいますか?

オススメはtakenakoさん(http://matome.naver.jp/mymatome/takenako)ですね。プロのライターさんなので読み物として質が高く、一ファンとして更新されるのを楽しみにしています。


――僕は、ミュージシャンがそうであるのと同じように、ライターやメディアに関わる人間でもプロとアマチュアの境界線は徐々になくなっていると思っています。音楽雑誌の廃刊の話題もあり、音楽メディアの形が変わりつつあるのは間違いないけれど、少なくとも「音楽をもっと多くの人に聴いてもらい、よさを伝える」ということができたら、それは紙だろうがウェブだろうが、雑誌だろうがニュースサイトだろうが「まとめ」だろうが、価値を提供できているのではないか、と僕は思ってます。そういう記事を書こうと思ってますので、もし質問への返答以外にも思うところがあったら教えて下さい。

僕はあくまで素人なので偉そうなことは全く言えません。でも、僕のまとめからCDを買ってくれたり、何度もライブに行って感想を教えてくれた方が何人もいらっしゃって、それは本当に嬉しかったです。もしも音楽メディアの本質的な価値が「良い音楽・好きな音楽を広めること」だとすれば、「NAVERまとめ」も音楽メディアとして機能していることになるでしょうか。タワーレコードのポップのように、素人だからこそ伝えられる魅力はあると思います。NAVERまとめは新規でブログを立ち上げるよりも人に見てもらいやすく、編集も感覚的にできるので、好きな音楽を広めたい方は使ってみる価値はあると思います。

■プロと素人の境界線



以上。

なるほどすごく興味深かった。僕はたまたまWiennersというバンドがきっかけになって「しろくマン」さんを知ったけど、他にも、「NAVERまとめ」には彼と同じように、もしくは彼以上のPV数を集めて「月数万円〜数十万円」を稼いでいる人が沢山生息しているはずだと思う。

そういえば、NHKのニュースでも「NAVERまとめ」は取り上げられていた。僕はあくまで「音楽メディア」としてだったけど、より広い視野で、でも、同じような切り口で、まとめ人に取材していた。すごく興味深かったのが、以下のくだり。

ほぼ毎日、3本から5本程度のニュースまとめ記事を投稿しているという、東京都内に住む30代前半の男性に取材しました。
男性の本業は「演奏家」で、「空き時間の副業として去年からまとめ記事の投稿を始めました。もともとニュースを見たり読んだりすることは好きで、興味を持った国内外の事件事故などのニュースについて、記事だけでは分からないことを自分でネットで検索して、読む人の疑問に答えるようにまとめています。投稿するとTwitterなどで反応がダイレクトに寄せられるのがおもしろくて、のめり込んでいきました」と語りました。

男性は著作権の侵害にあたらないよう、運営側の規約に沿った引用につとめるなどの注意を払っているということです。今では20万円近くを「月収」として得ているということですが「収入だけが目当てではなく、ニュースと関わっていることが好きなので続けたい」と話しています。

NHK NEWS WEB ネット報道の新潮流(1)「まとめ」て読む
http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2013_0507.html


一方で、こんな記事もあった。

「大丈夫、電子書籍専業でずっと食べていけるよ」と20代の未経験者にアドバイスするほどの確信はまだないというのが本音です。

IT業界的なコスト感覚で考えられると、お金をgoogleに払うのとライターに払うのとどっちが得かの二者択一の議論になってしまいがち。残念ながら、実績数値が明確に出やすいネットの世界においてはコンテンツに払うよりネット広告に払う方が効率的かつ確実だと考える人が依然として多数派です。
(中略)紙媒体を主戦場としてきたライターさんの中には、そんな現状を全く知らない方もいます。中堅どころの活字系ライターさんに予め原稿料を正直に伝えたところ、「失礼だ!」と怒られたこともあります。

文章で飯を食っていくということ : 本とeBookの公園 ― 21st century Book Story ―
http://blog.livedoor.jp/hideorin/archives/26853994.html

ライターになりたいという若者がいたら、「悪いことは言わないからやめておきなさい。文章書きたいなら、別に本職を持ってBlogとかで書けばいい」とアドバイスするでしょうね。

追記:とある「ライター募集サイト」を見てみたら、「初期報酬:100文字50円~」「初期報酬:100文字17円~」と書いてありました。2000文字かいて千円? 後者なら340円? 
こりゃ、確かに1万2千円どころの話じゃないですね……

ライターになりたいという若者がいたら - ダリブロ 安田理央Blog
http://rioysd.hateblo.jp/entry/2013/04/21/172557


電子書籍を立ち上げて10年のキャリアある方や、出版業界でライターとして活躍してる先輩が「悪いことは言わないからライターになるのはやめなさい」と若い人に告げ、その一方で、「空き時間の副業として始めました」「おもしろくて、のめり込んでいきました」と語る人が月20万近くを稼いでいたりする。

そういう現状を見ていると、プロってなんだろう? アマチュアってなんだろう?と、改めて考えてしまうのです。


続・音楽メディアを巡るあれこれ〜食べログ研究と「影響力はどこから生まれるか?」という話

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■炎上する「App Store」と信頼される「食べログ」



食べログキャプチャ

今回の記事は、

「音楽メディア」を巡るあれこれと、新しい音楽との出会い方
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-544.html

の続きです。

それぞれの音楽メディアにおいての「影響力」や「信頼」は、決して特別な一部の人、“公人”にだけ備わっているものではない、と僕は思う。誰もがメディアになり、誰もが批評行為を行うことができる。伽藍からバザールへ。そういう風に情報環境が変わりつつある。たとえば「食べログ」や「NAVERまとめ」のアーキテクチャを考えれば、そのことは明らかだと思う。


前回の記事で、そういう風に僕は書いた。紙 VS ウェブとかやりあっててもしょうがない、結局は人でしょ?っていう。

でも、そうやって誰もが情報を発信できる、すべての個人がメディアとなりうる時代になったとき、そのメディアの価値の由来となる影響力や信頼はどこから生じるのだろうか。最近、僕がつらつらと考えるのは、そんなこと。

というわけで、今日の話は、まずは食べログについて。音楽メディアとフィールドは違うけれど、食べログについて考えると、いろんなことが見えてくる。

食べログイメージ20130415

食べログの普及は、「食」に関してのメディア環境を大きく変えた。僕自身、その実感は大きい。見知らぬ街でカフェやレストランやラーメン屋を探すときには、とりあえず食べログを検索するようになった。別にランキングをそこまで信頼しているわけではないけれど、ある程度の点数以上が表示されていると「まあハズレではないだろう」という予測が立てられるようになった。そのおかげもあって、最近、東京で暮らしていて「不味かった」とか「がっかりした」とか、そういう風に思うことが段々少なくなってきた。

ただ、食べログのようなレビューサイトがどこも信頼を獲得しているかというとそうではない。下の記事でも紹介されている通り、たとえばApp Storeのレビュー欄はヒドいことになっている。Amazonだってよく炎上している。

App Storeのレビューに、日本のモンスター消費者の片鱗を見る - 脱社畜ブログ
http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2012/12/04/213102


ステマ騒動もあったけれど、それでも食べログがある程度の信頼性を保っているのは何故か。それは口コミを投稿し情報発信する「レビュアー会員」という存在にスポットが当たっているからだと思う。

『PLANETS vol.8』掲載の川口いしやさんによる論考「『食べログ』の研究――レビューサイトがもたらした『食文化』と『都市』の風景」には、こうある。

食べログのレビュー投稿条件には、「300文字以上」という制限が設けられている。これを苦痛に感じる人には食べログは使えないアーキテクチャであり、この制限がレビューの質を担保している。

中級者以上になると、レストランランキングよりも、レビュアーランキングを重視するようになる。(中略)点数やランキングでレストランを選ばず、ランキングからお気に入りのレビュアーを見つけて、その人が推しているレストランを探すことが多い




PLANETS vol.8PLANETS vol.8
(2013/01/04)
宇野 常寛、濱野 智史 他

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食べログでは、レビュアー会員のランキング制度があったり、ある程度の文字数以上での投稿が必須となっていたり、一人一人のレビュアーに“批評行為”を行うモチベーションが高まるべくアーキテクチャが設計されている。そのことがレビューの信頼性を担保し、お気に入りの店に巡りあうためには「自分の好みとあう、信頼できるレビュアーを見つける」ことが点数以上に大事なことだという考えが定着してきている。

でも、食べログのレビュアーは基本的にハンドルネームなので、レビューの信頼性は、その人に知名度があるかどうか、グルメ評論家として実績があるかどうかには、ほとんど関係ない。そこに僕は興味がある。

■「出会う」というゴール



上記『PLANETS vol.8』掲載の「『食べログ』の研究〜」では50代、40代、20代という3人のレビュアー会員へのインタビューを行なっているのだけれど、そこで世代を超えた2名から興味深い意見が出てきている。

「食べログの特長はいくつかあってさ、その一つにオフ会があるんだよ」。撮影が一通り終わると、彼は話し始めた。「こんな風にいうと出会い系かと思われそうだけど、自分も月に3回くらい、2,3人の女性とオフ会をしている。俺みたいなおじさんが20代、30代の女性と食事をできるし、自分の生活圏と違う人達と話せるのが面白いんだ」



50代男性のレビュアー会員、Aさんはこんな風に語っている。「相手は俺が書いたレビューを読んで、人柄がわかっているから誘いやすいのだろう」と分析している。同記事にある20代女子大生のCさんへのインタビューも、その事実を裏付けている。

彼女によれば、会う人の信頼度は食べログのレビューからわかるという。「レビューを見ればどんな人か大概わかります」とのことだ。そんな彼女は最近、交友範囲を意識的に広げているという。「スマホにしてからTwitterをいじるようになって、都内全域の人と仲良くなっているんです。だから最近はわざわざ遠くに行く理由を作っていますね。下町に詳しいあの人と知り合ったから、じゃあそっちに行こうか、とか」



興味深いのは、レビュアー会員たちが「見知らぬ人と知り合う」「出会う」という欲求に駆動されている、ということ。でも、当然食べログは出会い系ではないし、誰でもいいわけじゃない。世代や生活圏が違っても、「食」を通じて話題を共有できる人。そして、信頼できる人が選ばれる。

さらに特筆すべきは、レビュアー会員たちは「食について語る」という行為から、レビュー対象だけでなく、レビュアー自身の人柄も読み取っている、ということ。

つまり、食べログにおいては、ハンドルネームの口コミレビュアーが、写真や文章をもとにした「信頼」を醸成していくゲームのプレイヤーになっている、とも言えるわけだ。「レビュアー同士が知り合う」「出会う」というゴールを目指した、いわばゲーミフィケーション的な行為としての「批評」が、そこにおいてなされている。それが、使い物にならないApp Storeや炎上を繰り返すAmazonレビューとの大きな違いになっている。

で、この話って、そのまま「音楽」にも当てはまると思うのだ。食文化ほどユニバーサルなものではないけど、「何かについて語る」というところからその人の人柄を読み取るというのは、音楽や映画や、いろんなカルチャーにおいても、当たり前にあることだし。

食べログの「オフ会」にあたるものとして、音楽好きにとっての「フェス」を読み替える。そういうウェブサービスがあっても面白いんじゃないかな、とか思ったりして。

■影響力は何から生まれるか



で、話は最初に書いた「すべての個人がメディアとなりうる時代になったとき、それぞれの個人のメディアとしての信頼や影響力の差はどこから生じるんだろう」というところに戻る。

そもそも、影響力ってなんだろうか。人を動かす力。それは権威とか名声のようなものだろうか。テレビで見かけるタレントとか、何らかのオーソリティーが持っているものだろうか。好感度の高い芸能人とか、ファッションモデルとか、文化人とか、専門家とか、そういう人が持っているものだろうか。

ネット界隈でも“インフルエンサー”みたいな言葉が、よく使われたりする。 “アルファブロガー”とか“カリスマ◯◯”みたいなものが持て囃されたりする。フォロワーの数を競ったり。そういうことを言っている人は、「影響力は権威や地位に付随するもの」という発想が当たり前のように根底にあるんだと思う。

でも、たとえば食べログにおいては、レビュアーは、著名なグルメ評論家でも“カリスマ◯◯”でも何でもない。それでも、「レビューを見れば人柄がわかる」と会員は口をそろえる。「あの人の言うことは信頼できる」、そういう風に沢山の人に思われることが影響力の源泉になっている。

そのことが、僕はとても興味深い。

いわゆるマスメディア、“伽藍”としてのメディア環境においては、確かに影響力は「権威や地位に付随するもの」だろう。でも、食べログのようなソーシャルメディア、オープン型の“バザール”としてのメディア環境においては、影響力は「行動の蓄積に付随するもの」になっている。

その人の信頼は、発信している情報と行動にブレがないこと、顔が見えることから生じる。影響力は、名声や地位やカリスマ性から事後的に生じるものではなく、一つ一つの発信と行動が、どれだけの人を「なるほどねぇ」と思わせたかの蓄積として測られる。

結局は「人」――という結論は単純だけど、いろいろ考えていくと、この辺の話はすごく重要だと思うのです。まだまだ深く掘り下げられそうな気がしてます。

でm,実は、この流れで「NAVERまとめ」についても語ろうと思ってたんだけど、「食べログ」だけでずいぶん長くなっちゃった。なので、ここからは次回予告。

レジーのブログ 『OTONARI』と柴那典さんインタビューから考える「音楽」と「仕事」の話
http://regista13.blog.fc2.com/blog-entry-67.html

でも語ったけど、僕は、「NAVERまとめ」は、もちろん玉石混淆だけど、それでも紙媒体ともウェブメディアとも違うユーザー発信の音楽メディアとして機能してると思うのです。そう考えるようになったきっかけが、昨年夏に以下の記事を見たこと。

日本一POPでクレイジーなバンド「Wienners」が最高すぎる - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2134628077408181701

このまとめを作成した「しろくマン」さんにメールで話を聞いてみたので、そのことについて次回は書きます。


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