日々の音色とことば:

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RADWIMPS『絶体絶命』にまつわる、一つの思い出話

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絶体絶命(通常盤)絶体絶命(通常盤)
(2011/03/09)
RADWIMPS

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いよいよ発売された、RADWIMPSの『絶体絶命』。試聴用の音源が届いて以来何度も繰り返し聴いてきたが、本当に凄まじいアルバムだと痛感している。

“DADA”“狭心症”という先行シングル2曲を聴いた時点の予想としては「戦慄のアルバムになるはず」――と思っていた。前作『アルトコロニーの定理』収録の“おしゃかしゃま”で発明した「ロックバンドとしての新しいサウンド構造」の先をいくような曲が並ぶアルバム。うわぁ!すげえ!ヤバいヤバい!と、目を丸く見開いてゾクゾクしてるうちに聴き終えてしまうようなアルバム。もちろんその予感は120%当たっていた。でも、アルバム全体を聴き終えた感触は、“戦慄”というものとは、ちょっと違ってた。ラストトラックの“救世主”がすごく感動的で、優しさに包み込まれた感覚があった。アルバムは、最後の最後で「生」を肯定するような内容だった。


papyrus (パピルス) 2010年 04月号 [雑誌]papyrus (パピルス) 2010年 04月号 [雑誌]
(2010/02/27)
不明

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ちょうど一年前に発売された『PAPYRUS』2010年4月号で、僕は特集「RADWIMPS野田洋次郎 インド 生と死を想え」の構成・執筆を担当した。その記事を担当するようになった経緯は詳しくは書かないけれど、それは(僕の人生の中でも1、2を争うくらい)とても奇跡的な偶然から生まれたものだった。インドでの七夜連続インタビューは旅に同行した編集部が担当し、帰国後のインタビューはそこに僕が加わった。旅をしたのは2009年の11月末から12月上旬。その頃、彼は(後に『絶体絶命』に収録されることになる)楽曲制作を行っている最中だった。

帰国後のインタビューは数時間に及んだ。「インドはどうでした?」みたいな簡単な話はあっという間に終わり、インタビューは必然的に深く根源的な話題へとうつっていった。インドの人達に感じた本能的な純粋さ。日本で暮らすことの自由さと、その内奥にある不自由。目の当たりにした“生と死”によって彼の死生観がどう揺さぶられたか。最後の方では「人はなぜ生きるのか」というような、普段のインタビューでは間違いなく訊かないような巨大な問いについてまで、尋ねた。

今の僕にとって“生きる”ということが何なのかというと、それは生きるということを“考える”ことなんです。


言葉を慎重に選びながら、彼はそう答えてくれた。「まあ、もっと純粋な答えを言っちゃうと、“わからない”ってことなんですけれどね」と、笑いながら付け加えた。

そして、一年後。

彼の言葉が鮮明に自分の中に残っていたから、届いたアルバム『絶体絶命』を聴いて、僕はすごく腑に落ちたような気持ちになったのだ。


(※先日のエントリではきちんと書かなかったけれど、『音楽と人』2011年4月号でのRADWIMPS『絶体絶命』のロングレビューでは、そういう経緯から感じたアルバム評を書いています。)


音楽と人 2011年 04月号 [雑誌]音楽と人 2011年 04月号 [雑誌]
(2011/03/05)
不明

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